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第56話

 刑事ドラマは結局打ち切りになってしまい、予定より二話早く終わった。スキャンダルの印象が尾を引き修復不可能だったのだ。スポンサーも続けて欲しくないときっぱり言われてしまった手前、制作陣の意向だけではどうにもできない。  だが撮影が終わると小城も少しずつ元気を取り戻し、次の新曲ではセンターに決まったと嬉しそうに報告してくれた。  スキャンダルなんかに負けてられませんよね! と生来の負けん気が復活したらしく、ぶっちゃけキャラとしての立場を築き始め、負けてられないと気を引き締めた。  そんな自分のもとに『それでも、キミが』の映画の話が舞いこんできた。  ようやく天根のスケジュール確保が実現したらしく四月から撮影が始まるらしい。  (こんな自分でも使ってくれるなら誠心誠意仕事で返そう)  心無い言葉を投げてくる人はまだいるが、もう揺るがない。  SNSに作った料理や掃除の裏技などを投稿しているお陰が主婦層のファンからは評判がよく、芸能人らしくキラキラした生活とは無縁な質素さに親近感が湧くらしい。  SNSを勝手に始めたことで怒っていた田貝だったが、評判がいいならと続けることを許してくれた。  [今日からクランクイン。弁当作って気合い入れる]  朝早くに起きて作った弁当を写真に撮って投稿した。朝一にも関わらずいいねを押してもらえたり「レシピ教えて」「頑張ってね」とコメントをもらえて気持ちが引きしまる。  「なにニヤニヤしてるんですか?」  後ろから抱きしめられスマートフォンを落としそうになった。寸前のところで天根がキャッチしてもらえて、難を逃れた。  「おっと、あぶな」  「ビックリした。起きてたなら声かけろよ」  「真剣に写真撮ってるのが可愛くて。SNS順調ですね」  「天根のお陰だよ。ありがとう」  「じゃあお礼にキスして欲しいです」  「おまえな……」  そう言って目を瞑る天根にどぎまぎしながらも触れるだけのキスをした。もう何度もしたというのに自分からするのはいまだに慣れない。  「愛妻弁当嬉しいです」  「愛妻って」  「でも今日から現場一緒なのに弁当が同じだとまずいですよね」  (そこまで考えていなかった)  同棲しているのは世間には秘密だ。SNSでも天根の存在や家の内装をわからないように注意を払っている。  「じゃあいま食べる?」  「そうですね。まだ時間あるし」  朝食を食べ終え、二人でタクシーに乗って現場に向かった。  映画の内容は大学卒業を控えた朝香と教師として再就職した栗山が同棲したところから始まる。大学でモテまくりの朝香に嫉妬したり、生徒から慕われる栗山にイラついたりしてすれ違ってしまうが、お互いの気持ちを話し合い最後は結婚して生涯の愛を誓う。  「結婚」という終着に驚いた。同性同士では書面上の結婚はできないが、周りに祝福され家族にも認めてもらい幸せな二人の様子に羨ましいと思ってしまう。  映画は栗山にもっと近づけるように髪の毛の靡きから指先まで心を込めた。怒るときは本気で怒り、泣くときも世界が終わるような絶望を込めた。  実際恋人と同棲している身としては栗山の気持ちがドラマよりももっと深く共感できる。それを演技に出せていたと思う。  キャスト、スタッフはドラマとほとんど同じだったので晶の身を案じてくれる人ばかりのいい現場だった。  パワハラ、セクハラの監督は何度も経験したスキャンダルなので経験者としてありがためいわくなご教授もいただけた。  だがなにより一番近くで支えてくれた天根の存在が大きい。  それに応えたい気持ちで全力に挑み、そして天根も応えてくれた。  いよいよ公開当日。  変装をして都内のミニシアターに天根と来た。映画は限られた劇場でしか公開してないが、初回放映の朝早い時間にも関わらず満員で立ち見席まで用意されている。  三割ほど男性客もいて、同性にも興味を持ってもらえたことが嬉しい。  劇場でみんなと同じ映画を観る一体感。息を飲んだり、涙を流したり、ファンの評価がダイレクトに伝わってきて、また一つ大切な思い出ができた。  映画を観終わり呆然としたままなにも映っていないスクリーンを眺めた。  「最高によかったな」  「これは名作になりますね」  その言葉通り評判が広がり、上映会場が日に日に増え、連日のように舞台挨拶に飛び回り、全国のファンと交流を重ねた。  SNSの宣伝も積極的に行った。なかでも天根と二人で出る生配信の受けがよく、映画公開前から毎週配信している。  今回は四十七都道府県を制覇したことを祝うという内容だ。  事務所の会議室で撮影されるので特別な機材も必要なく、撮影者に至っては葛西だ。そのラフさが気兼ねなくできるのでいい。  『応援してくれるみなさんのお陰で公開劇場が全国に広がりました! ありがとうございます』  『ありがとうございます』  いまだに演技以外の仕事は苦手だが、表面上は取り繕うのが上手くなった。配信は天根と二人だから無茶ぶりされることもないのでのびのびとできて楽しい。  タブレットに視聴者からリアルタイムの質問や反応が続々と届く。それを見ていた天根が口を開いた。  『たくさんコメントもきてますね。天根くん、なんで鼻眼鏡なんですかって』  『確かに。なんでつけてるの?』  『マネージャーに渡されました』  『僕もらってないよ』  『晶さんには付けさせられないですよ』  『いままで付けたことがなかったからやってみたい』  『じゃあどうぞ』  天根に鼻眼鏡をかけてもらい、画面に映る自分の顔をよく見るとあまりにも不格好だ。でも新鮮さもある。  『どう? 変じゃない?』  『すごく可愛いです』  『か、かかか可愛いくない!』  『なんでも似合いますね』  甘ったるい言葉もやさしい笑顔も心臓に悪い。  いつものペースを戻そうとしても頬は熱くなるばかりだ。コメント欄は目まぐるしく更新されて追えない。  『えっと……次どうするんだっけ』  動揺してしまい流れを一切忘れてしまった。乾が慌ててカンペを出し、もう切り上げていいということだった。  『それでは今日はこのへんで』  『映画観に来てくださいね』  二人でカメラに手を振り、ようやく配信が終わった。どっと疲れが出てきて、重たい溜め息を吐く。  「なんだよ可愛いって」  「事実ですもん」  「あのなぁ」  鼻眼鏡を取って睨みつけるが天根はどこ吹く風といった様子だ。いまはお調子者の新入社員役をドラマで演じているので、その仮面を被っている。  「可愛いはなしだろ。栗山はキレイ系だ」  「でも本音だからしょうがないじゃん」  天根は下唇を突き出し不貞腐れる。人目がある場所で話しても埒が明かない。  乾たちに許可を取ってトイレの個室に押し込んだ。  「天根」  名前を呼んでやると天根の目の色が変わり、仮面が取れたのがわかる。  「すいません。俺また迷惑かけて」  「いや、僕がいつも任せてばかりだから負担だったろ? いまちょうど撮影中だもんな」  「それでも俺がうまく切り替えできたら」  自分を追い詰めるような言葉に胸が苦しくなった。  天根は未だに外を出たら役の仮面をかぶり続けている。二人っきりのときは外れるようになってきたが、それでも離れてしまえばすぐに戻ってしまう。  「まだ不安?」  役が抜けるのが怖いと言っていた。監督に言われたことを忘れないように身体に染み込ませる行為は痛々しく映る。  「大丈夫だよ。抜けてもすぐ入れる」  「天才の晶さんには言われたくない!」  肉食獣の咆哮のような怒声に肩が跳ねた。  「役に入り、バラエティでは愛想よくしてプライベートも素行よくして……ソラじゃないと俺には価値がないんです」  吐き捨てるように天根は出て行ってしまい、閉まる扉の音に拒まれてしまった。  

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