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第59話
きらびやかなシャンデリアや真紅を基調としたテーブルクロス、傷一つない食器に至る細部にまで一流品が使われているなかに放り込まれると気後れしてしまう。
日本アカデミー賞の授賞式は全国に生放送されるので会場となるホテルは一切の妥協を許さないとばかりに佇んでいる。ノミネートされた作品に出演している俳優や女優はドレスやスーツを華麗に着こなし、花のように美しく会場に彩りを与えていた。
隣に座る天根はダークグレーのスーツを着こなし、花の役に一躍買っているというのに表情は浮かない。
今年も多くの映画で主演や助演を果たしていたので、賞が撮れるのではないかと期待されているからカメラマンや記者が天根の表情を撮ろうと必死になっている。
それに応える天根の顔色は悪い。メイクで誤魔化しているようだが、よけい青白さが際立ってしまっていた。
天根は記者に質問攻めにあっているので隣に座っているというのにまだ一言も話せていない。
なにを話そうか考えていると反対側に座っていた楓に肩を叩かれた。
「スーツとても似合ってるわ」
「楓さんこそ和装素敵ですよ」
「こんな老いぼれでも孫にも衣装っていうのかしら」
「まだまだ現役じゃないですか」
楓だけでなく、大御所も多く来ているので若手はみんな強張っている。何度やっても生放送ならではの独特の緊張感は慣れない。
楓が晶に顔を寄せて耳打ちしてきて身構えた。
「天根くん、顔色悪いみたいだけど大丈夫?」
「たぶんすごく根詰めてます」
「それは大変じゃない」
「でもいい方法を考えたんです」
「それはなに?」
楓の質問に笑顔を返すだけにした。一番は本人に言いたい。
「本番五秒前!四、三、二、一」
「第六十回日本アカデミー賞の授賞式が始まります」
司会者は淡々とノミネートされた作品や俳優を説明していき、舞台の後ろの大画面に映像が流れる。
それが終わるといよいよ授賞式本番だ。
「それでは作品賞から発表します」
固唾をのんで見守っていたが、『それでも、キミが』は選ばれなかった。やはり世間の認知度がないのは痛かったかもしれない。
次は監督賞、脚本賞など順に発表され、一人ずつ壇上でスピーチをしている。
涙ぐむ人、笑顔をみせておちゃらける人など個性が光るスピーチに会場は盛り上がった。
「最優秀主演男優賞はーー」
司会者がもったいぶるように区切り、スポットライトが会場を駆け巡る。みんな自分ではないかとでも違うかもしれないと期待と不安が入り交じった面持ちで待っていた。
音楽が止まる。
ぱっと光が一箇所に集まり、眩しくて目を閉じた。
「『それでも、キミが』の南雲晶さん。おめでとうございます!」
みんなの視線が集まる。
割れんばかりの拍手。
歓声。
複数のカメラが慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「では南雲さん、こちらへどうぞ」
司会者にアナウンスされ、ステージにあがった。全員に見られている。大御所も新人も。
そして天根が誇らしげとどこか嫉妬を混ぜたような顔をしている。
トロフィーを受け取りマイクの前に立つとすっと緊張が解れた。
ここまでくるのに長い年月をかけた。
なにをしてもキリカンと呼ばれ、両親が亡くなります人生のどん底を味わった。泥水を啜るような生活のなかで天根に出会い、世界がひっくり返った。
「この賞を誰に一番伝えたいですか?」
「二人、正確には三人います。まず亡くなった両親に伝えたいです。赤ちゃんのときからキリカンまでの間、僕をずっと支えてくれてたのでやったよと報告したいです」
「……きっと天国で喜んでらっしゃると思いますよ」
突然の告白に司会者は驚いた表情を浮かべたがすぐに笑顔に戻る。
「では残り一人は?」
「共演した天根くんに伝えたいです。切磋琢磨するライバルでしたが、一緒にいると楽しくて有意義な時間を過ごせました」
「プライベートでも仲良しだと訊きましたが?」
「はい。ご飯も食べに行ったし、買い物もしたり、同棲しているので家で過ごすことも多かったです」
「……それってどういう?」
司会者が驚いた声をあげると会場全体がざわつき始め、みんな天根と自分を交互に見比べている。
晶は壇上から降りて天根の前に跪く。そしてポケットから小さい箱を出してぱかりと開けた。
「僕と生涯共に生きてください」
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