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第6話 大会会場に到着

 腹が膨れたからかリーンがいないためか、焼き天以降は食い物の店に吸い込まれることはなく出店を見ていると正午が近くなった。ランランアート大会に行くヒトの波が出来上がる。 「俺たちもそろそろ行こうか」 「そうだな」 「我は興味ないんで、このまま六区をうろついてますね?」  単独行動しようとする鬼と手を繋いでフリーたちも波に加わる。看板があるからと油断していたが、正直、大会の場所を知らなかったので助かる。 「肝心なこと知らなかったね……」 「なんでスミさんに聞かなかったんだ、僕は……」 「一緒に大会に行くと誓うので、手を放してくれませんか……?」  ぞろぞろヒトについていく。結構足が速い。フリーはついて行くのに必死だ。 「ひいひいっ……早いよ。まだ歩くの……?」  息も上がり目を回したところで転びかけたので、温羅がさっきの方法で運ぶことにした。赤犬族のがきんちょを置いていくと絶対に叱られるので、頭に乗せる。  ぎゅっ。 「だから角を握るんじゃねえ!」 「じゃあなんで頭に乗せたんだ?」 「……」  陸路よりも水路の方がヒトが少なく歩きやすい。そもそも水路を走っている者などいない。  ニケとフリーを乗せた温羅が小型船や商船を追い抜き、到着したのは富裕層や位の高い者が住まう「二区」。 「一区じゃないのか?」 「一区は一番狭いですからね。面積が。お祭りをするなら二区の方が良いでしょう」  人々は浮かれ気味だが、警備をしている維持隊はピリついている。  塀に囲まれた大きな屋敷や、庭がとにかく広い家が目立つ。通行の邪魔にならないよう――温羅は気にしないが主が気にすると思って――裏路地に入ろうとして、みっちりと詰まる。 「無理か」  常人の倍くらい横幅があるため、断念する。ニケは少し吹き出しかけた。 「なんで路地に?」 「いえ。邪魔の入らないところで我が君を目覚めのキッスで起こそうかと……角を持つな!」  この角へし折ってやろうか。ぐぐぐ。無理だな、かったいわ。 「フリー。起きろ」  目を回していたフリーが目を開ける。 「なんで俺また抱かれてんの?」 「本当に体力無いな、お前さん。移動くらいできるようになれ」  魔九来来(力)を使ったせいもあるだろうが、基礎体力がなさすぎる。 「ううっ……。はい。すみません」  すとんと温羅から降り、しっかり水分補給をする。 「もう着いたの? ここどこ?」 「二区」 「肉?」 「黄昏旅館がある区だコラ」 「しゅいません……」  二人のやり取りに、温羅が見てられないと目を逸らす。  水筒を仕舞う。 「大会はどこでするの?」 「あっちの広場でさあ。行きましょう」  手を繋がれたくないのか、積極的に前を歩く。  じろじろ。  殺気ではないが、強めの視線が刺さる気がする。頭を押さえるフリー。 「白髪が目立つのかな? 帽子被ろうか」 「頭痛くなるんだろう? やめとけ」 「そうですよ。それに、見られているのは我ですよ」  金緑と赤い瞳が向けられる。 「温羅さん? なんかしたの?」  がくっと膝が砕けかけた。 「いや……ほら。鬼ですから」 「だから?」  前を向いて温羅は案内に意識を集中させた。 「温羅さんが会話してくれなくなったんだけど……。レナさん思い出した」 「あのなぁ。強い種族は恐れられるもんだろ。オキンさんみたいな例外でも、知らないヒトは怖がるわ。僕もオキンさん、怖かったし」  今でも完全に怖さがなくなったわけではない。 「つまり、警戒されてるってこと?」 「そうだろうな。出来ることなら出て行ってほしいだろうが、それを言える勇者もいないだろう。宿に鬼が来たら警戒するわ。姉ちゃんを守らないといけないしな。一応。鬼除けの銀はあるけど」 「ほう」  反応したのは温羅だった。首だけで振り返る。 「ニドルケ殿。姉がいるんですかい」 「ん? ああ。今はいな――」 「美人ですかい?」 「お前さんには絶対に紹介しない」  温羅は鼻で笑う。 「いや、赤犬族になんぞ、興味はないですよ。ただ黒い毛皮の美犬かどうか――」 「俺は赤犬族好きだけどね!」  周囲の視線が集まる。  特に、見知らぬ赤犬族の方がぎょっとしておられる。  温羅も目を見開いている。ニケは遠くを見つめた。 「あ、赤犬族っていうか、ニケが好きなんだけどね? やっぱりね? 温羅さん。先輩を狙ってましたけど、『っぱ赤犬族よ』ってなったんでしょう? ニケから先輩に、で、先輩からまたニケに乗り換えるって、節操なくないですか? 先輩の牛耳よりふわふわした犬耳の方が良い! ってなったんでしょー? 分かってんですからねー」  ニヤニヤした顔で温羅の頬をつつく。主じゃなかったらぶん殴っている。  それと牛耳はどうでもいいと百回は言った気がするのだが、強く殴ったせいで忘れているのだろうか。 「ニドルケ殿。言っちゃああれですけど……。我が君のどこを好いたんですかい?」 「言うな。僕もたまに(好きになった個所を)見失う」  もっとニケの良い部分を話し合いましょうよー、コイバナしましょうよー、とはしゃぐ十八歳から距離を取る。 (牛耳って、あの星影か)  夜宝剣は残念だった。せっかく星影の情報を手に入れたのに。お嬢には結局、安産祈願のお守りしか渡せなかった。「貴方、まともなものを買えたのね」とお嬢は喜んでくださったが、狙ったものが手に入らなかったのは悔しい。  ただのミジンコだと思っていた青年に、腹に大穴を空けられるとは。失った臓器が多くて再生に時間がかかった。  自分を見下ろす黒い瞳。思い出すだけでもゾクッとする。もう一度「黒い主」に会いたいものだ。  駆け寄ってきたフリーは自分を指差す。 「じゃあ、その温羅さんと引き分けた(らしい)俺も、警戒されているの?」 「僕らは多分、この鬼の手下AとBとしか思われていないはずだから大丈夫だ。それに、お前さんのマヌケ面を見て脅威に感じる者もいないだろう。安心しろ」 「……うん、そうだね」  俺はそんなにマヌケ面なのか。帰ったら鏡でじっくり見てみよう。 「……」  後ろでどうでもいい会話をしている青年を一瞥する。死ぬまで追い詰めればストレスでまた黒い主になってくださるだろうか。 「はあ」  鬼は恋焦がれる様な息を吐いた。 ♦  縄で区切られた運動場のような空間があり、その周囲をヒトが埋め尽くしている。普段は玉蘭の訓練場らしい。 「あの縄の中の空間を、毛玉(ランラン)とそれをカットした理容師がぐるりと一周。そのあとは一体ずつ審査。そして優勝者が発表されるんです」 「詳しいね。何度か見たの?」 「まあ、はい見ました」  お嬢が。 「最前列……遠いね」  フリーの身長でも運動場がちらりと見える程度だ。ニケは木(フリー)登りを開始する。ランランアート……というより、国王の孫娘の人気を舐めていた。  最前列で見たかったら二日ほど前から場所取りをしておかなければならない。警備の都合上、追い払われる率が高いがそれでも諦めないファンもいる。  運動場と群がる市民を見下ろせる高台は、権力者や富裕層が占領していた。年配の方が多いが、ふりふりに着飾ったお子様を抱いているヒトもいる。肌艶の良いほっぺに、視線が固定される。 「おい。どこ見てんだ」  頭上から苛立った低い声が聞こえ、ハッと帰ってくる。 「えへへ。いい感じのおほっぺ様がいたから……」 「運動場の更に向こうにいるのに、なんでほっぺは見えるんだ?」 「最前列、空けてきましょうか?」 「大人しくしてて」  ヒトをかき分けようとした温羅の角をがっと掴む。ぎゃああと悲鳴を上げた。 「ていうかニケ。俺、今めっちゃ転びやすいと思うんだ」 「知ってる。転んでもいいぞ? 僕は着地出来るから」  角を摩っていた温羅が白い背中に手を添える。 「およ? ありがとう」 「疲れたらさっきみたいに、背中に乗ってください」 「優しいね。温羅さん。ありがとう」 「……」  温羅はうざそうな顔で青ざめる。陽だまりのような感謝の言葉より、怨嗟や負の感情の言葉の方を摂取したい。甘いものが苦手なヒトがいるように、温羅は陽だまり言葉や感情が苦手だった。  それなら優しくしなければいいだけなのだが、まさかこんな程度のことでもお礼を言ってくるとは思わなかったのだ。それもこれも、温羅が弱かったから、負けたからこんな目に。  げんなりしていると厳かな音楽が聞こえてきた。観客が一斉に湧き立つ。  フリーは首を左右に動かす。 「な、なに?」 「始まりの合図か?」 「孫娘が到着なさったんでしょ……」 「温羅さん? 人混みに酔った?」 「我のことは気になさらず」

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