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第7話 国王の孫娘

「……チッ。キュートリリィ様が見えないだろ」  ただでさえでかいのに幼子を肩車している青年を、後ろのヒトが邪魔そうに押しのけようとしたが、首だけが振り向いた鬼とばっちり目が合って石化した。  音楽の音量が急に下がる。  大きな音が苦手な国王の孫娘に配慮したのだろう。現に現れた少女は微弱な風で散ってしまいそうな、白百合のような方だった。  着物ではなく純白のドレス。ふんわり膨らんだスカート部分が、歩くたびにやわらかく揺れる。長手袋に白タイツと、肌を見せない高貴なデザインに反した幼い愛らしい顔。産まれてから一度も切ったことがないような長い髪は、大きなリボンで飾られている。  国王の孫娘。最大鼠(カピバラ)族のキュートリリィ様。  伏し目がちな瞳を飾る長い睫毛。ぷっくりとした唇。  上品に光る、細い首を一周する真珠の首飾り。小さな耳にも一粒ずつ。靴は履いておらず、足首には白いリボンが巻かれている。  絵本から抜け出した妖精のような雰囲気を醸しながら、同時に白百合のような清廉さにも溢れている。  王の血縁者というだけで、これだけのヒトが集まる理由が理解できた。  「可憐」という言葉は、この御方のためにあるんだろう。観客はほうっと感嘆の息を漏らす。  少女の手を取っているのはホーングース(王の剣)だ。少女の隣にあって、彼女の衣装を引き立たせる墨色の着物。  ホーングースというだけありただものではない気を放っている。周囲が緊張する中で唯一「あの神使のゴールグース(神の剣)の方が強いな」と、戦闘狂(温羅)は退屈そうだった。  欠伸を我慢せずに横を見ると、主の青年は両こぶしを握って見入っている。付き合いの浅い温羅でも、ほっぺだけを見ているんだろうなと、なんとなく察せた。  頭上のがきんちょも少女を見てはいるが、大人たちよりは夢中になっていない。「早く大会始まらないかな」という表情だ。まあ、このふたりは四割(大会目当て)の方の観客なのでこの反応も仕方のないことだろう。  キュートリリィはゆったりと花で飾られた赤い椅子に腰かける。足は届いていないがぶらぶらと揺らしたりせず、人形のようにじっとしている。ちょっと奇妙だが、厳しい教育の賜物というよりかは、元々大人しい性格なのだろう。隣のホーングースは満面笑顔だ。 「……?」  ニケは目を擦る。その笑顔が花札市代の隣にいた元ホーングースの笑顔と重なった……ような気がした。 「……」  見惚れて口を開けていたランランアート大会の司会者の尻を、隣にいた女性がひっ叩く。 「あんた! なにキュートリリィ様に見惚れてんの」 「おうっ! イタイよ叩くなよ。……怒るなって、俺にはお前だけだって」 「……馬鹿」  静まり返っていた会場に、夫婦漫才の声が響く。  人前で堂々といちゃつき出した司会者に「引っ込めリア充が!」「早く始めろ」「毎回いちゃつくな」と愛のあるブーイングが飛ぶ。国王の孫娘がいるおかげか、汚い言葉が飛び交うことはない。  司会者は人差し指を立てて、腕を上げる。 「はい! では始まりました『第四十八回ランランアート大会』。司会進行はこの私、リア充ことグロージアが務めさせていただきます」  白い歯を見せたいい笑顔で奥さんの肩を抱く司会に、地響きのようなブーイングが起こる。リア充に厳しい世界である。 「ふふっ」  ウケたらしい白百合が――ではなく、キュートリリィが小さくほほ笑む。瞬時に男共は静まり返った。「可愛い」は争いを止める。  司会者の奥さんは頬にキスをすると去って行く。 「がんばってね」  奥さんにウインクする。 「ありがとう。お前のおかげで頑張れるよ」 「帰れグロージア!」「なんだテメェ」「奥さんが司会しろ!」「あああああっ」  観客をブチギレさせないと気が済まないのか、いちいちいちゃつく夫婦に座布団や花束やぬいぐるみが飛ぶ。 「それでは、審査員の方々を紹介します」  紹介された順に、審査員が入場してくる。……わざわざ審査員たちが落ちている座布団などを回収しているので、毎年のことなのだろう。  紹介をほぼ聞き流し、フリーは温羅の肩をつつく。 「へい?」 「国王の孫娘さん、挨拶も何もナシなの? 開催宣言とか、なさらないの?」  声を聞きたかったのだろうか。しょぼんとしている。 「キュートリリィ様が、あくまでいち観客扱いでお願いします、って言っておられましたね」  国王の孫娘をいち観客扱いとか、逆に難しい気もする。周囲を治安維持隊の精鋭「玉蘭」が取り囲んでいるし……あれ? 「警備って、維持隊とあのヒトだけなの? 少なくない?」 「あのヒトって……? ホーングースのことですか?」 「は?」  ホーングースも知らないとは、なんだか涙が出てくる。その説明は頭上のがきんちょに任せるとして。  温羅は指をさす。 「ええ。警備はあれだけです。ホーングース……あの墨衣の奴です。あれが強すぎるので、多い護衛はかえって邪魔になるそうですよ」 「へえ~。そういうもん?」  玉蘭の中に黒髪の渋いおじさんがいる。あれがさっき言ってた獅子族のましなやつ、だろうか。  ニケが頭上からホーングースの説明をしてくれる。 「……まあ、サックリこんなもんだ。ホーングースは間違っても人名じゃないからな?」  綺羅を人名と勘違いしていた白髪をたしたしとたたく。 「あ、はい。教えてくれてありがとうね」  手を頭上に持っていき、手探りでニケの頭を撫でる。なでなで。 「……」  ニケは気持ちよさそうに目を細める。  審査員の方々が審査席と書かれた机に並んで座っていく。 「はい! では意味のない審査員紹介も終わりましたので、さっさと本命へと参りましょう。審査員の紹介とか、いらないと思うんですよね。誰も聞いてませんし」 「喧嘩売っとんのか!」「平民が」「泣くぞオラァ!」「校舎裏来い」  多方面に抜かりなく喧嘩を売っている司会者に、審査員がさっき拾った座布団などをぼこぼこと投げつけている。美化活動のために拾ったのではなく弾補充のためだったとは。観客が良いぞもっとやれと応援する。  初見のニケたちが若干引いている中、エントリーナンバー一番が運動場に入場してくる。  角に引っかかったぬいぐるみを外し、司会が元気よく紹介する。 「うおおおおっ。さっそく来ました。優勝候補筆頭、サマーテール様! 相棒のランラン・お春(女の子)の登場だーーーっ!」 「サマーテールさまぁ~」「あんたの作品を見に来たぜ!」「こっち向いてー」「スミさんはっ? スミさんと花子さんはどこっ⁉」「うるせえ我が君……」「ぎりぎりまで最終調整をしていたし、最後の方じゃないか?」  首輪(首どこ?)から伸びる鎖を掴み、サマーテールは堂々と運動場を一周する。自分の作品を見せつけるように。

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