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第8話 ランランアート大会!
お春の毛は異国にあるという「お城」の形になっていた。製作期間中に出来るだけ毛を伸ばし、それを逆立てて三本の棟を作り上げている。鋏一本で作られたとは思えないどっしり感に、観客は歓声を上げる。
審査員も唸る。
「あれはヴァルギアバルグレイス城ですね」
「見たことがあります。世界でも珍しい桔梗色の城……」
「まさにランランの毛で作るのに相応しい、が。まさか、実現できるとは」
「また腕を上げましたね」
周囲から「勝ったな」「ふう、満足」「なにか食べに行こうぜ」という優勝が決まったような声が聞こえる。しかも何人か、実際にその場から離れて屋台の方へと行ってしまう。
フリーは頬を膨らませる。
「何言ってるの? 優勝はスミさんと花子さんに決まってるでしょ?」
「本当にランランアートの方は人気が低いな……」
「盛り上がりませんからね」
次々と入場してくるが、目当てのヒトの作品が紹介さえ終わると、観客たちはどんどんはけていく。誰が優勝とか、結果発表に興味は薄いらしい。
おかげでニケたちはかなり前へ行くことが出来た。
「見晴らしがよくなったね。スミさんと花子さんはまだかな~?」
「じゃ、降りるわ」
「なんで? なんでなんですかニケさん? 乗り心地悪かったですか?」
「前の方にいるときは、後ろのヒトに気を遣ってやらんとな」
大人ぶったことを言い、地面に下りると……降りたのに抱っこをしろとせがむ。
「背中に乗る? おんぶの方が安定すると思うよ? 腕二本じゃ長時間支えられないし」
「それなのになんで腕二本しか装備してないんだ?」
「………………」
固まるフリーに勝手によじ登る。仕方ないのでニケを前向きに抱いて踏ん張る。
「今だけ魔九来来使っていいかな?」
面白い体勢になっている主を、かわいそうなものを見る目で見てしまう。
「この場で魔九来来を使うとホーングースがすっ飛んできますぜ? 我は乱闘、願ったり叶ったりですけど。我が君は争いごと嫌でしょう?」
「うう……」
腕が震え出した主のためにがきんちょの尻を温羅が支えてやる。主と赤犬族のちびを支えるために両腕を使っているので横を向く羽目になるが、大会に興味ないので問題ない。前回もお嬢ばかりを見ていたしな。
「がきんちょくらい、我が持ちますぜ?」
「ほらぁーー。やっぱニケが好きなんじゃん! 先輩とニケの間でふらふらしていないで、どちらか一人に心を決めなよ」
「……ふっ」
脱力しすぎて温羅の方が倒れそうになった。星影も赤犬も「好き」だなんて一言も言っていないのに何故こうなった。世界の歪みを感じる。
「こ、こら! まっすぐ歩きなさいよぅ」
『ロロォ~……』
「歩け。歩いてくれお宮。緊張しているのか?」
『……』
「どこ行くんだ、お茶目―――っ」
『ロンロン』
「「ぎゃーっ」」
ほとんどの参加者は嫌がったり、急停止したり、走り出して審査席に激突しているランランに苦戦している。力の強い種族なら良いが、そうではない参加者はなかなかに大変そうだ。動く毛玉に翻弄される。だがそれも、観ていて面白くはある。
フリーは観客の方にランランが走ってこないかなとそわそわしている。
帽子の位置を調整しているニケが「あっ」と声を出す。
「見えた。次だぞ。スミさん」
「どこどこどこ?」
「お前さん。運動場の向こうのほっぺは見えたのに、なんでスミさんの時は通常視力に戻ってんだ」
喉の疲れなど一切見せずに、一人盛り上がっている司会が声を張り上げる。
「最後! 前回惜しくも優勝を逃した・アイスミロン様! 相棒のお花。入場です!」
今まで差はあれど、紹介されるたびに一定数いるファンが沸いていたというのに、どこからも声が上がらない。
今回が初めての審査員の女性がヒッと口元を押さえる。
「不吉な! 青い目がいるではないか」
青い目に文句があるのではない。衣兎族が、青い目を持っていることが不吉なのだ。
気づいた一般席の観客と高台の富裕層たちもざわつき出す。けっしていい雰囲気ではない。
「ここはいつから見世物小屋になったんだ?」
「またあいつか……。腕はいいんだけどな」
「俺は別にどうでもいいけどな。キュートリリィ様さえ見られれば」
気にしないヒトと気にするヒト。反応は様々であったが、スミはどれも耳に入っていないように胸を張る。
スミの前を、花子が歩く。
花子の毛はケセランモフランの原産国、その国花である「ウェリー」。きれいな花ではあるが……正直、面白みも新鮮味もない、新人が良く選ぶ題材である。尖龍国にある花で例えると丸っこい風信子(ヒヤシンス)と言ったところか。この国ではお目にかかれない花だが、大会を見に来ている者は自然と目にする機会が増える「見たことはないが(大会で)知っている」花だ。
「……はあ」
スミの腕を買っていた審査員の一人が残念そうなため息をつく。
(ネタ切れか? 彼は毎回面白い題材に挑戦するから、楽しみだったのに)
行儀悪く頬杖をつき、スミから花子に目線を移す。
確かにウェリーはランランの毛色と同じだから題材にはピッタリだ。
(彼は貧しいしろくなパトロンが付いていないとはいえ、大会にかける情熱は本物。だから今回も面白いものが見れると期待して……ん? ウェリーの花びら、やけにきれいだな。一枚一枚が視認できるほど切りそろえられている……?)
ウェリーは小さな花の集まりだ。だが一つとして同じ大きさの花びらはない。情報不足と力量不足から、これを選んだ新人は花びらの大きさを統一にしがちだ。
審査員はやがて気づく。みるみる目が見開かれていく。
シンプルだからこそ、誤魔化しの効かなさ。
多くのヒトが選ぶ題材。競争相手が多いなかで、際立つ技量。
圧巻なのは花びらの多さ、だろう。足(足どこ?)の裏ぎりぎりまで毛が花びらの形にカットされている。
なによりランランが喜んでいる気さえする。足取りが軽い。知らないはずの故郷の花。お花はこの国で生まれ育った個体であるが、遺伝子が、記憶が懐かしいと思わせるのか。
「……」
ニケたちも、こっそり来ていたスミの家の隣人も、応援を忘れて見入る。
詳しいことは何も知らない素人であるが、作品に、花子に目を奪われた。
(我が君は黙っていたら悪くないんですがねぇ……)
(見入ってるリリィ様素敵やわ~)
興味ない組(温羅とホーングース)はそれぞれの主を見ている方が嬉しそうだったが。
「……っは」
運動場をぐるりと一周するスミとお花が近づいてくる。我に返ったスミの家の隣人は、持参した巨大応援旗をぶん回す。ちょうど観客が減ったので存分に振り回せる。
「フレーフレー! スミーっ! お花ちゃん。輝いているぞー」
「!」
静霊が横切りかけていた運動場に、隣人の張りのある大声が響く。
驚いた司会や審査員、観客の目が一気に向けられる。
もちろん一番驚いたのはスミだろう。肩が跳ねたかと思えば、ぎょっと目を剥いた。
青い瞳に映る、大きな旗を振る隣人。
(来てたのかよ。あいつ!)
口の端が盛大に引き攣る。親が参観日にきたように、カアッと顔が火を噴く。しかも旗には「頑張れスミ。お花」と下手くそな文字で書いてあり、羞恥で死ぬかと思った。アイスピック状の器具があれば投げている、絶対。
『ロロ~』
なんだか花子が同情めいた目線を、隣人に向けた気がする。
それを見たフリーはにっこりと笑みを口に乗せ、負けじと声を上げた。
「スミさーーん! 花子さん愛してるー。応援に来ましたー!」
「うげっ。なんらかのトラブルで来れませんようにって、神に祈ったのに」
隣人を見つけた時より嫌そうな反応を見せるスミ。
山賊や鬼というトラブルに遭遇したので、祈りは微妙に届いていたかもしれない。
「スミさん! お花が素晴らしいです」
「ニケ~。その白髪をどっかやってくれ。ニケはよく来たな~。自分は嬉しいぞ」
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