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第9話 四季の宿のお客さん
言葉と手は振り返してくれるが、運動場を一周しなくてはならないため、(気持ち足速めに)行ってしまう。
他の組と違うのは、首輪も鎖も付けていないことだ。
「……」
優勝候補のサマーテールがギリッと奥歯を噛みしめる。忌々しそうに、鎖で繋いでいないランランを見つめる。
「鎖つけろよ」「ランランが暴れたらどうするつもりだ」「鎖があったところで、衣兎族じゃあ、止められんだろう」「確かに」
ひそひそくすくす笑う参加者の声が聞こえ、サマーテールは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
(つまりそれだけ……ランランと信頼関係を結べているってことじゃねえか……)
首輪と鎖は義務ではないがそれがなくては野生動物を思うように動かせない。訓練された犬ではないのだ。大型動物の扱いは難しい。
大半の出場者が首輪と鎖が必須なのに、同時に首輪と鎖は減点対象でもある。酷い話だ。どれだけ首輪と鎖が作品の一部のように組み込まれていても、関係ない。この大会の主役はランランである。ぶっちゃけ、作品は二の次なのだ。ランランが健康状態であることが第一!
あいつは毎回、ランランと心を通わせている。うらやましい。妬ましい。この天才サマーテールが(一方的に)ライバル視しているだけはある。ランランの状態も悪くない。
(くっそ! レンタル用として多少は大人しくなるよう調教されているとはいえ、ランランがあそこまで心を許しているなんて。弱いからか? 弱種族だからランランが怯えないのか? 分からんっ。ぐぎぎぎぎっ)
親指の爪を噛み、不満オーラを垂れ流しているせいか、同じ参加者たちが心配そうに肩を叩いてくる。
「どうした? 腹痛いのか……?」
「僕に、構わないでもらおうか」
ふんっと顔を背けるサマーテールに参加者の顔が引きつる。
(あいつも別ベクトルで嫌な奴だな)
(ちっ。優勝候補だからって)
(私のランラン可愛すぎない? お琴ちゃん、よしよしよしよし。ああ~、レンタルって分かってるけど、ずっと一緒にいたい~)
『ロォ……(触るな)』
色んな思いが交差する中、最後のお披露目が終わる。
「審議中です。しばらくお待ちください」
すっかり減った観客に司会者が躍りながら告げる。今のうちに厠へと急ぐ者、司会者に「うぜぇ」とお土産を投げつける者。
記憶に残りそうな不思議な踊りに、ニケと温羅は視線をそらす。
「お前さん。代わりに舞いでも披露してきたらどうだ。もう一回見たいぞ」
「へー? 我が君はま、ま、舞……? 知識と知能指数一なのに、舞は出来るんでぇ?」
「大会終わったら第二形態で蹴るからね温羅さん。俺は双子巫女さんの舞が見たいよー」
「リーンさんの生霊でも乗り移ったのか?」
「神楽なんて、何が楽しいんで?」
「生霊でも先輩に会えるなら嬉しいけど。温羅さんは、何かできるの?」
「んー? 我は大太鼓が得意ですね」
「声がすでに太鼓じゃん」
「……我、そんなに声量大きいですか?」
「………………な、なあ。あんたらなんでこっち来るんだ?」
雑談しながらじわじわとこっちに来る赤犬族と鬼と白髪に、スミの隣人は旗を抱いたままじりじり下がる。
フリーは「え?」と、赤い目の衣兎族を振り返る。
「同じヒトを応援している者同士、仲良くしましょうよ」
「なんでだよ! ていうかおまえっ、スミのなんなんだよ……っ! あいつの」
「味方はオイラだけだと思ってたのに」とごにょごにょ言っていたが、聴力が並以下のフリーにだけは聞こえなかった。
「なにって、友人です」
(スミが聞けば殺されそうなことを)当然の顔で言う白髪に、隣人はショックを受ける。
「っ! そ…………そんな」
「花子さんが素晴らしかったので、きっと優勝はスミさんですよね」
「お、お前。スミと親しいのか? あの気難しいスミにどうやって取り入ったんだよ」
「ランランって、大会が終わったら触ったり出来ないんですかね? せっかくあんなにもふもふが大量に、一か所に集まっているのに」
「お前。スミと付き合っっ…………ててててるとか、ないよな?」
「ランランアート大会って、最高ですよね。あんな素敵な動物がいたなんて。しかも無料で拝めるなんて。この大会を考えたヒトに『もふ神』の称号を渡したいです」
「会話のドッヂボールやめろ」
聞いてて頭が痛くなってきた。ニケは垂れたうさ耳と卵体型しか見ていない変態を押しのける。フリーは簡単に転んだ。温羅がしぶしぶ回収している。
鬼と転んでもこちらを見てくる瞳に光がない変態が怖いのか、布団のように旗を身体に巻きつけてすっかり小さくなってしまっている最弱種族のひとり。
「怖がっちゃってるじゃないか。怖がらせるな」
「会話してただけなのに?」
「おおかた、我が君を恋敵とでも認識しているんでしょうぜ。衣兎は年中発情期ですから、すーぐ恋愛方面に勘違いをしやがる」
ひとり真面目に隣人の話を聞いていた温羅が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「なんだと……っ」
「恋愛の話って楽しいじゃん」
多分「発情」の意味が分からなかったのだろう。とんちんかんなことを言う白髪に、怒るタイミングを逃した隣人が開きかけた口を閉じる。
「嫌な空気にしたいのに、我が君が邪魔してくる」と肩を落として呟く鬼に、「自重しろ」とニケがぽこんと尻を叩く。
「で? あなたは? スミさんの同郷の方ですか?」
「お、お前に関係ない……だろ」
「その素晴らしいたれ耳、触って良いですよね?」
「お、オイラは凍光山出身じゃないけど……。スミのことは小さい頃から知ってる……」
答えないと何されるか分からないと思ったのか、隣人は耳の端を顎の下で握り怯えながら早口で言う。
隣人をじっと見ていたニケはふむと顎に指をかける。
「もしかして衣兎の集落にたまにやってくる、商人の方ですか?」
「え?」
隣人は目を丸くし、視線を下にする。
赤犬族の顔を数秒じっくりと眺め、口を開く。
「……あんたは四季の宿のヒト? おやじが毎回風呂入っていく、あの、宿?」
おやじさんだったか。毛並みの色が同じだからもしやと思ったが。
「はい。四季の宿のニドルケです」
フリーは親指で自分を示す。
「フロリアです。フロリアと申します」
自分は関係ないという顔をしていた鬼の肩をバシバシ叩く。
「こっちの鬼さんは温羅です」
「……お、オイラはガレットシロン。トシでいいけど。こんなとこで会えるなんてな。おやじが早くヒノキ風呂入りたいって言ってたぞ」
「お……はい。嬉しいお言葉を、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
嬉しそうに微笑むニケにトシは小さく頷き、フリーは網膜に焼き付けた。
「かわいいねえ」
「そうですね」
主に適当な返事をし、温羅はフリーの背を軽く押す。
「それより人ごみで酔ってませんか? 顔が赤いですぜ? あっちの木陰で休みますかい?」
その言葉に鋭い反応を見せたのはニケだ。フリーの着物を握る。
「おい、大丈夫か? 油断するなよ?」
野分の最終日だというのに、炎天とそう変わらぬ気温。フリー本人が何か言う前に、木陰に引っ張っていく。
木の根元に座らせ、ぺちぺちと頬を叩く。
「しっかりしろ。僕が分かるか?」
「世界一可愛いニケです」
「この鬼は?」
「世界一可愛いの部分は否定しないんですね」
「温羅さんです」
「ここはどこだ?」
「首都の?」
「二区です」
ふうと額を拭う。
「意識ははっきりしているな」
「その羽織、暑いなら取った方がいいですぜ?」
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