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第10話 司会の正体と青月と満月
「具合悪いのか? 一応向こうに……救護テント、あるぞ?」
ちょっと距離があるが、トシは心配そうにテントを指差す。
「トシさん。こやつに優しくすると惚れられますよ?」
恐ろしい言葉を聞いたかのように、びくっと跳ねる。
すっかり小さくなってしまっている。しゃがむと本当に卵のようなトシが、ころころと付かず離れずのところをうろつく。
「心配してないし。ただ視界から消えてほしくて、テントに行けって思っただけだし……。風邪気味なのか?」
「暑さに弱いんです。おい、フリー。頭痛いか?」
フリーは手ぬぐいで顔の汗を拭う。
「痛くないよ。メリネのあと数日涼しかったから、これから涼しくなるんだって油断してたかも」
「んもー」
「だから油断するなって言ったじゃないか」と「なんで涼しくならないの?」というふたつの思いから、罪のない太陽を睨む。お日様に向かって「ぷくぅ」するニケにフリーは涙を流す。トシは「なんで泣いてんだ……」と真っ当な感想を述べ、温羅は扇子で魚を焼く時のように主に風を送る。
パタパタ。
「むっ」
ミナミに扇がれたことを思い出す。
「そ、そんなことをしても、温羅さんは好きにならないんだからねっ」
「なんですか? その薄っぺらいツンデレ反応は。我はツンデレ子より、普段は真面目委員長系だが夜には乱れまくる子が好みですぜ?」
「聞いてないんだよ!」
何の話してんだ。
五分も経てば、厠に行っていた観客が戻ってきた。
風を送ったり、手ぬぐいを濡らしてくれたりと世話を焼いてくれたニケの頬を、むいむい揉みまわしていると、ふと気づく。
「そういえば、優勝を決めるのって審査員だけなんですか? 俺らは、投票とか出来ないんですか?」
体温が落ち着いてきたフリーは、詳しそうな温羅とトシに訊く。
「投票できるのは高台で見ている富裕層連中だけですぜ」
「優勝したランランを買いたいってヒトもいるからな……」
フリーの目がきらんと光る。
がっとトシの肩を掴む。
「えっ? ランランって買えるの? 俺も欲しいよ」
「ひいっ。こいつ元気になると怖い……」
飼い主が尻を叩く。
「やめろ。それに、あんな毛玉なんて飼えないぞ。どこで飼うねん。翁の家せっまいのに。しかもこの鬼、ついてきそうだし」
温羅が「え?」と言うが、フリーは構わず手を合わせる。
「お願いっ。ちゃんと温羅さんとランランの世話をするから。散歩もちゃんと連れて行くもん」
「もしかして我はペット枠なんですか?」
「駄目だ」
「そんなー!」
「我が君?」
温羅が何か言っているがスルーされ続ける。
「それでは結果が出ました。今回の優勝者を発表します」
結果を聞くために一度降りた汗だくの司会が、紙片を握って壇上に戻ってくる。ずっと踊っていたのか壇上の周りにお土産がたくさん散らばっている。
「ねえ。なんで皆、司会に土産物投げてるの? 嫌われてるの? ……そんな悪そうなヒトに見えないけど」
「司会やってるの藍結(ここ)の領主だからね。逆だよ逆。人気あるの……あのヒト」
フリーの疑問に答えたのはトシだ。彼はああいう明るいタイプが苦手なのか、じめっとした口調だった。
「領主だったのか……」
背を丸め、フリーはニケの耳元に顔を持っていく。
「国王と領主ってどう違うの?」
「んー? まとめ役。いわゆるリーダーが領主や村長で、そのリーダーたちを纏めているのが国王だ。尖龍国は領主も村長も町長も、呼び方が違うだけで意味は一緒だ」
フリーに分かるように言葉を選んでやる。これで伝わったかは分からないが。
「紅葉街にも領主っているの? アキチカさん?」
「神使殿は紅葉街のお守りのような方だ。紅葉街にももちろんいるぞ。紅葉街の領主は……今度翁に教えてもらおう。僕もそこまで詳しくない」
「おっけ」
物分かりの良いペットを褒めるように白い毛を撫でてやる。
「えへへ」
司会は優勝者の名が書かれた紙を開く。
「ランランアート大会、栄えある優勝者は」
大半の参加者が退屈で走り出そうとするランランを押さえるのに必死な中、平然と結果を待つふたりの参加者。スミとサマーテールである。
ぎちぎちと鎖を引っ張る音が不快なのか、兎耳を折りたたんでいる。
この一ヵ月。フリー君とかいう妨害もあったけれど、自分的には全力を出し切れたとは思う。
(正直、大会に出るのめんどくさいんだよな……)
スミは完全に趣味でやっているのだ。自分の内にしか成果を求めていないスミは、他人と競う意味を見い出せない。ではなぜ大会に参加しているのか。
冷やかし? 参加者を馬鹿にしている? もちろん違う。
賞金が欲しいからである。
他人とか他の作品とかどうでもいい。
ランランアートを、好きなことを仕事にしたくない。
しかし生きていくには金がいる。実家からの仕送りなんて、というか親父から金を援助してもらいたくない。蕁麻疹が出る。
ランランをレンタルする資金を、大会で稼ぐ。でないと、ただでさえ弱いと下に見られがちな衣兎族。しかも青目なんて、雇ってもらえるところが限られる。
前回優勝出来なかったのが痛い。貯金が尽きてきた。気晴らしの食い倒れ旅も出来ない。
「チッ」
この目が鬱陶しい。普通の色だったら。みんなと同じだったら。大会に出なくとも、ランランを買えるだけの金が稼げていたかもしれないのに。
(まあいい……)
産まれた瞬間に殺されなかっただけ、マシと考えるべきか。配られた手札で戦うしかないのだ。命があっただけ儲けものだろう。
無意識にこぼした舌打ちが聞こえたのか、サマーテールが視線も合わせず話しかけてくる。
「お前はいつも退屈そうだな」
「?」
「不吉な兎めが。僕たちを馬鹿にしているんだろう?」
折りたたんでいた耳を戻す。
「すまん。何か言ったか?」
「お前はいつも、退屈そうだな!」
「なに怒ってるんだ?」
目元が痙攣しているサマーテールに、首を傾げる。
きざったらしく前髪を払う。
「僕たち参加者を馬鹿にしているんだろう? いつもいつも、冷めきった目をしているぞ、不吉兎」
「……。……? 自分ら友人でもなんでもないよな? なんで話しかけてくるんだ?」
拳が出そうになったが気合いで耐える。
「おおおお、お前の、そういうところが、大嫌いだよ」
「……? はあ」
赤の他人に嫌いと言われても「そうですか」としか言えないぞ。
サマーテールははあと息をつく。
「だがお前は悪い奴ではない。お前のランランを見れば分かる」
『ロロロ~』
甘えてくる花子。身体を擦りつけてくるので毛でスミの右半身が埋もれている。
「これが懐かれ度を競う大会だったなら、お前は優勝しているだろうな」
「? ランランが懐いているかどうかなんて分かるのか? え? サマーテールは前世がランランだったとか、そういう……?」
蹴りが出そうだったが根性で耐える。
「どう見ても懐いているだろうが!」
「身体をこすりつけてきてるだけで、懐いているかどうかは判断出来ないだろう?」
「ランラン親が子にする仕草だ。親愛の情があるとは思うが?」
「自分らは動物じゃないんだ。動物の気持ちなど、分かった気でいるだけだ。獣人(自分)等だって、心の声と口から出る声が違う、つまり嘘を平気でつくのに。何を言っているんだ?」
不吉と言われる目のせいでろくでもない人生、ろくなヒトと出会えなかったのだろう。青月のような瞳は誰も信じていない、乾いた心の砂漠を照らすようだ。
サマーテールは若干遠い目で腕を組む。
「お前のそういうクソボケ(友達作るの下手そう)なところは嫌いではないが、僕が言いたいのはな」
「うん?」
「もっと大会を楽しんだらどうだ?」
やっとこちらを見たサマーテールと目が合う。しょーがない奴を見る様な、だが自信で満ちた刈安(かりやす)色の瞳。金色の満月を思わせる。
スミは一瞬だけ、目を離せなかった。
「自分が楽しいと思うことは、ランランアートだけだ。大会を楽しいとは思わないな」
「そうか? ……まあ、これといって盛り上がりに欠ける大会なのは認めよう。キュートリリィ様がいなかったら、この大会自体消滅の危機もあり得たしな」
「……それは、困るが。楽しいとは思えないな」
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