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第11話 優勝者

「? スミが何か喋ってる気がする……」  垂れていた耳を立たせ、トシは落ち着かない様子で身体を揺する。垂れていた時は気づかなかったが、立たせるとそこそこ大きくて長い耳だ。身体の半分以上はある気がする。はあはあはあ。  フリーの視線がそっちに固定されてしまったので、背伸びしたニケがスミの方を見る。 「喋ってます、かね?」 「隣のやつと会話してるっ! なんだよあいつ、スミに馴れ馴れしいな……」  観客が減ったとはいえ、この雑踏の中で特定のヒトの声だけを聞き分けられる耳は素晴らしいが。 「そりゃ会話くらいするでしょうよ」  あきれ顔の温羅がぼそりと呟く。ニケも同意だ。何か問題があったのか。 「オイラでもそんなに喋ったことないのに!」 「「……」」  嫉妬だった。  ニケは、気持ちは分かるので何も言わないでおく。背伸びしても見えないので、フリーが寄りかかっている木に登る。  司会が盛り上げているのに誰も聞いていないフリー一行。 「自分は大会に賞金以上の物を求めていないからな」 「はあぁ。そんな顔をしているから目関係なく露骨に避けられるんだろう? 見ろ、あの審査員の顔。楽しそうな雰囲気を出しておけ」 「……? 露骨に、なに?」 「あれ? お前まさか気づいて無……いや。白けた顔のやつがいると、大会の楽しい気分が台無しになるから、やめてほしいと言っただけだ」 「ふうん?」  司会が頑張っているが聞いていない優勝候補共。  サマーテールの相棒お春(女の子)は腹が減ったのか、レンタル主の着物をはむはむし始める。  横目で見たスミはすっと指を差してやる。 「着物食われてるぞ」 「は? うあっ! お春。よせよせ」 『ロロ?』 「そんな可愛い顔しても駄目だ。腹壊すぞ」  着物よりランランの心配をする。この大会に出ている者で、ランランを嫌いなものはいない。 「それでは、優勝者を発表します」  司会の角にぬいぐるみがぶら下がっている。引き伸ばしすぎてまたブーイングをもらったようだ。 「今回の優勝者は……」  ニケはフリーの頭を掴んで視界の方に動かす。ぐきっ。 「ぐへ?」 「いつまで耳を見てんだ」 「じゃあ、ニケを見る」 「……」  まあいいか。  司会はとある参加者を差す。 「優勝者は前回優勝者、プリンアラモード様です!」  大会が終わり「終わった終わった」という雰囲気になる会場。でも誰も帰らないのは、まだ王族がいるからだろう。出来るならずっと見ていたいという心理だ。  呆けている主を見下ろし、温羅は退屈そうに耳をほじる。 「優勝、しませんでしたね。あの兎」 「……にゃ、なんで……?」 「勝負の世界は厳しいんでしょう」  適当に応える。  体育座りの主は魂抜けているし、がきんちょは真っ白になって固まっている。卵兎にいたっては大の字で気絶していた。スミが優勝すると信じ切っていたために、衝撃は大きい。  自分が引っ込まないと誰も帰らないと空気を読んだのか、王族側が動き出す。 「リリィ様。帰りましょう」 「……はい。今回も楽しめました」  楚々(そそ)とした声。  王子様のように手を差し出してくるホーングースの手を取り、静かに腰を上げる。 「キュートリリィ様っ! こっち見て!」 「?」  花束を抱いた優勝者のプリンアラモードーーリンドが手を振ってくる。優勝したんだし、このくらい良いよね? という喜びと緊張の表情で。  「無礼者!」とマジギレ顔で駆け出しかけたホーングースの足を引っかけて転ばせ、キュートリリィは控えめに手を振ってみせる。 「優勝、おめでとうございます」 「はうっ! お、お言葉をいただいちゃった」 「そ、そんな。ずるい」「てめー! 優勝したからって調子乗んな」「羨ましい」「でもキュートリリィ様のお声が聞けて幸せ」  優勝者の女性に、拍手とブーイングと花束が飛ぶ。この大会は応援したい者に贈り物(プレゼント)を投げるのが流行っているようだ。  衣兎族よりさらに小柄な夜久栗鼠(やくりす)族の女性――どう見ても少女だが、夜久栗鼠族は童顔が多い――が運動場を跳ねまくった後、相棒のランランに抱きつく。 「やった! 嬉しいよお琴ちゃん」 『ロ~ロ……(触るな)』  くしくも、彼女が題材に選んだのは「ウェリー」だった。  夕方。  駄目だった。  優勝できず。  首都とはいえ社会保障も税金も弱者救済の法整備、そんな都合の良いものはない。  だが健康であるなら仕事には困らない。人口増加に伴い仕事も増え続けているし、子どもだって立派に家計を助ける戦力になれる。  ……普通のヒトなら。  自分は駄目だ。不吉な目が邪魔をする。どうして自分は普通じゃないんだ。竜でも瞳の色が違うものは生まれるが、それは強者の証。髪の白いものが産まれれば、それは眷属とはいえ神の生まれ変わり。  どうして。どうして自分の目だけが不吉と言われる。魔物の血が混じっているわけでもないのに!  不吉な目の自分では、卑しい仕事、低い賃金が限界だ。文句を言えばそれすら出来なくなるし、雇ってもらえなくなる。その日食べるだけで精一杯。ランランのレンタルなど夢のまた夢。  では、ランランアートを諦めればいい? それは無理だ。選択肢にない。フリー君がニケのほっぺを触ることを我慢するくらい出来ない。というか、ランランアートに触れない人生、出来ない自分など、死んでいるのと同じだ。  スミは笑顔を作る。 「優勝できなかったのは残念だけど。また挑戦するさ」  心が冷たい。 「そんな顔するなよ。キュートリリィ様が見に来てくれる限り、大会は続くんだから」  仕送りしてもらおうにも、我が家にそんな余裕はない。むしろこっちが仕送りしなきゃならん立場なのに。妹もまだ小さい。いいもの食わせてやりたい。 「ああ。ありがとう。今度も是非、見に来てくれよ。フリー君は紅葉街で留守番してれば?」  どうしてこう、金のかかる趣味にのめり込んじまったのかなぁ……。今こうしている間も、鋏を握りたくてしょうがない。右手が疼く。ランランはどうしてその辺にいないんだろう。 「気をつけて帰れよ」  頭がぐちゃぐちゃだ……。今日はもう寝よう。  帰っていく背中を虚ろに見つめる。  斜陽がなんだか恐ろしいものに思えた。  物置のような家に入り、じめっとした布団に寝転がる。  ニケの前で強がってみせたが「助けて」と言いたかった。しかし彼らも借金をしている身。困らせるだけだろう。 「何か食べて行きますかい?」 「フリー? 首都だし、色んな店があるぞ? 遊びに行くか?」 「……」  昼飯を食べた広場(六区)まで戻ると、フリーは長椅子にうつぶせになり動かなくなった。身長があるため足が椅子からはみ出ている。  気を遣ったニケと鬼が声をかけるも、何も言わない。なんで参加者よりこやつが一番凹んでいるのだろうか。感受性が強いのかとニケは呆れる。  大会は幕を閉じたが出店はまだ賑わっているしヒトも多い。まだまだ遊べる時間だし、首都なら歩いているだけでも楽しいだろう。 「ずっと寝ているのは勿体無いぞ?」  フリーはのろのろと頭を上げた。 「ふへー……。優勝したスミさんをみんなで祝って、アリスコーヒー流星群を見て泊っていく! という俺の輝かしい予定が~……」  情けなくぐずる白髪を「はいはい。楽しみにしていたんだな」と言いながら撫でる。温羅も撫でようと手を伸ばすがニケに叩き落とされる。 「そうかそうか。僕のその流れができたら最高だと思ってたけど、しゃーないしゃーない」  ニケが撫でてくれてる。幸しぇ……。 「流星群なんて見て、何が楽しいんです? そもそも起きてられるんですか?」  さっきからずっと白けてるこの鬼はなんなの。 「気合いで起きてる予定だったもん」 「あー。これはあれですね。我が君は年越しのカウントダウンのあと十秒ってところで寝ちゃうタイプですね」 「お、起きてるし! 舐めないでね」  ぶすっと温羅に頬を膨らませ、のろのろと起き上がる。椅子が空いたのでニケも腰掛ける。 「予定が狂っちゃったよ。司会のヒトを地面に埋めてきたら良かったかな~?」 「投票の結果だから、司会者はなんも悪くないぞ? 一応言っておくと、領主に危害を加えると逮捕されるぞ問答無用で。阿呆すぎて面会に行かないからな」 「はい……」  ニケを膝の上に座らせて摘まんだ頬肉を伸ばす。最高。 「ほっぺ伸ばされてますけど、いいんですかい?」 「いーんだ。ふひー(フリー)はこうすると寿命が延ひふん(延びるん)だ」 「聞いたことないんですけど。そんな種族」 「帰ろっか」  ニケと、特に温羅がぎょっとする。 「もう? いいんか?」 「まだ昼ですぜ? せっかく首都にいるんですから、遊郭にでも寄って行きましょうよ!」 「性欲の塊は黙っていろ。お前さんよくトシさんのこと言えたな」  温羅は不貞腐れ、フリーはうつむく。そしてつむじを見つめる。 「だって……スミさんもお祝いしなくていいって、締め出されちゃったし、することないじゃん。流星群なら帰りの馬車で見ればいいし」 (こやつ、スミさんに締め出されたのショック受けてるな、相当……)  ニケはそこまでショックではない。あのまま「祝いの会」を開いてもなんか気まずいだけだろう。スミさんが「気にしないぜ。飲め飲め」な性格のお方ならともかく。彼はそういう兎種(人種)ではない。  笑みを浮かべてはいたが、落ち込んでいるように見えた。 「仕方ない。帰るか。その前にレンタル服返さんとな」 「ええー? ニドルケ殿までそういうことを……」  フリーは小さく笑う。 「逆に温羅さんはなんで帰りたくないの?」 「神使のいる街とか、帰りたくないんですよ」  ん? 「首都にも神使はいるって、スミさん言ってたよ?」 「そうですね。でも紅葉街より居心地はいいですよ。影都の神使、力強いですからね」  もー息苦しいのなんのって、と温羅は腰に手を当てて首を横に振る。  フリーは意外そうに目を丸くする。 「アキチカさんてそんな強いの? 会ったことあるけど、ムキムキでもないし普通のお兄さんだったよ?」 「別に殴り合いが強いって意味じゃあないですぜ? 神力がね、ほんっと無駄に強いです。澄んだ水に魚がいないのと同じで、あの街は闇の民の数が極端に少ない。気分悪いですね」 「無駄じゃないだろう。危険な山(凍光山)が近くにあるんだから、力の強い神使がいてくれないと困る。勝手に気分悪くなってろ。あっかんべー」 「このがきんちょ……」  ビキィとこめかみに青筋が浮かぶのを見ても、ニケは小さな舌を出してべーろべーろと挑発する。血管が切れそうになったが……がきんちょを見る主の目が怖かったので怒りが引っ込む。  しょぼくれた顔で両腕を摩っている温羅を見て、察したニケは怖くて振り返れなくなった。いま振り向いたら蜘蛛男と目が合う。絶対。  しゅっと舌を引っ込める。 「じゃ、じゃあ、帰る前にお土産でも買いに行くか。フリー? 聞いてるか?」 「もちろん聞いてるよ? ……なんでこっち見ないの?」 「リーンさんからこれ買ってこいって言われているものがあるんだろう? ちゃんとメモに取ってあるんだろうな?」 「覚えてるからメモはないよ。大丈夫。……こっち見ないの? どこ見て喋ってるの?」 「よし。土産物店に行くぞ」 「へーい」 「ニケ?」  てくてく歩いていくニケに付いていく。ニケどころか温羅までフリーを見なかった。

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