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第15話 大兄貴とライム

♦  アジトに戻ると、蛇乳族の三つ編みの方――ライムが駆け寄ってくる。 「大兄貴!」 「やっほー。ライムちゃん。お出迎えしてくれるなんていい子だねー」  黒髪をなでなでしてあげる。  しかしライムは喜ぶでもなく着物を掴む。 「あの……。兄貴を許してあげてください。私を助けようとしただけなんです……」  ヴァンリの笑顔に青筋が浮かぶ。 「いやいや。大兄貴の背中刺しといて、お咎めなしなわけないよね? 痛かったんだよ、アレ」 「うう……」  やっぱり駄目か、みたいな顔でうつむく。  ヴァンリは髪が乱れるのも構わず頭部を掻く。 「ったく~。君はいつも兄貴一筋だよね。普通、刺されたヒトに『許せ』なんて言わないよ?」 「大兄貴死なないし、大したことないんだと思いまして……」  育て方間違えたかな? とヴァンリは仕舞ってある徳利(とっくり)を引っ張り出す。  「非風」のアジトは首都で一番大きな酒屋。それと同じ敷地内にある。これが「非風」の表の顔だ。  外や客からは見えない庭。その庭を一望できる縁側に腰を下ろし、酒を呷る。お猪口に注ぐなんてことはしない。  ヴァンリの周りをうろちょろするライム。のんびり酒なんて飲んでないで兄貴のところに行ってと、顔に書いてある。自信なさげな雰囲気のせいで幼く見られがちだが、そこそこいい年なのに。まだこんな子どもみたいなことをする。  ヴァンリはきっぱりと告げる。 「駄目です。あと数時間は浸けておくの。放置プレイってやつ?」  ライムはすぐ隣に膝をついてくる。 「そ、そこをなんとか……」 「ふーん。まあ、そこまで言うなら。俺も鬼じゃない。ライムが俺のお願いを聞いてくれるなら、いいかな?」 「!」  ぱあっと、表情が明るくなる。 「は、はい! 潜入でも暗殺でも。私にお任せくださ……」  言葉の途中で、ヴァンリは徳利を突きつける。  たぷんと、中の液体が揺れる。 「これを飲んだら許してあげよう」 「へ?」  ヴァンリが飲む酒は辛いものばかりだが、ライムが飲めないほどではない。なんだ酒を一緒に飲むヒトが欲しかっただけかと、安堵した表情を絶望で塗りつぶす。 「お尻から直接飲んで」 「………………」  こんなに表情が抜け落ちたライムは初めて見たかもしれない。  凍りついたライムを肴に飲んでいると、先ほどの牢番二人がやってきた。手には箒とチリトリを持っている。 「ヴァンリ様」 「店前の掃除、終わりました」  いい笑顔で二人揃って敬礼をしてくる。ヴァンリもふざけた敬礼を返してやる。 「はい。ご苦労さま」  牢番の一人が停止している蛇に気づく。 「どうした? ライム」 「………………」  悪戯っぽい笑みで答えたのはヴァンリだった。 「一緒に飲もうと思ってね。君たちもどう? ……あ、ケツからね?」  最後の言葉を聞くなり牢番ズは走り去った。迷いのない転身だった。尻に飲み物を流し込んでいる光景、すげー好きなんだけど。同じ趣味のヒトがいないって、寂しいね。  おもちゃが減ったので彫像に顔を近づける。 「う~ん? ライムちゃん。沈黙しちゃってどうしたの? 君の、兄貴への想いはそんなものかね?」  うりうりと胸板を肘でつつく。  ライムはわなわなと震え出し、さっと立ち上がると覚悟を決めたように拳を握った。 「あ……ああ、兄貴はあと数時間くらい楽勝だと思います!」  ぐるぐる渦を巻いた目でそう言うと走り去った。見事な見捨てっぷりについ固まってしまった。引き止める間もなかった。 「……ライムちゃんのそういうとこ好きだわ~」  やはり自分の育て方は間違ってなかったと、ヴァンリはひとり満足げに頷く。

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