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第16話 妻持ちだった男

♦  「水場」に行くとずぶ濡れの兎が転がっている。「洗浄」は終わったようだった。 「お疲れ~」 「ヴァンリ様」  競売にかける商品を隅々まで洗う担当がまさかの風邪だったので、代わりに頑張っていた男が手ぬぐいを置き、眩い頭を下げてくる。「非風」なかなか全員揃わないな。  禿頭(とくとう)に強面の顔。身体中に傷があり、いかにも……といった容姿の男だが、仕事に関してはヴァンリより真面目にこなす優秀な人物だ。  ヴァンリの赤い顔を見て、また仕事中に酒を飲んだなと内心呆れる。 「悪いね、君に任せちゃって」 「いえ」  寡黙な男なので、必要最低限のことしか口にしない。いい声だからもっと喋ってほしいんだけど。  禿頭の男はスミに着物を着せていく。上司の前で裸体を転がしておくのは不敬だと思ったのか。別にいいのに。商品に着せる用の着物は黒。……売り物が地味に見えちゃうから色変えるべきだと思うんだけど、ボスの、アーデルカマー様の趣味です。「黒は女(ワタシ)を一番美しく見せるのよン?」だって。……あのヒト男だし、黒い服着ているところ見たことないけどね。 「スミちゃん大人しかった?」 「スミちゃん?」  床を指差す。 「その兎ちゃん」 「ああ……。はい。最初から割と」 「そっか」  いや~流石は俺。真面目に仕事したなあと浸っていると、禿頭男は眠っているスミを抱き上げる。 「気をつけてよね。兎は弱ったふりが上手いんだから。急に目ェかっ開いて襲ってくるかもしれないよ?」  茶化した風に言う上司に、男は大真面目に答える。 「衣兎族ごときに、負けはない」 「ひゅ~。さっすがぁ」  拍手してくる上司を見もせず、風呂場の隣にある畳の部屋に商品をそっと寝かせる。傷をつければ値が下がるため丁寧に扱うのは分かるが、ここまで手つきが優しいのは彼だけだろう。 (あんまり真面目君も面白くないぞ~)  そうだ。からかってやろう。  ヴァンリの悪い癖が出る。  人差し指で「うりゃうりゃうりゃ」と頭を突いてくる童子のような大人の手首を掴むと、力任せに引き寄せた。 「うお」 「ヴァンリ様」 「怒った? 怒った?」  何がおかしいのか。ニヤニヤ見下ろしてくる小豆色の瞳に、目を閉じながら首を振る。 「そろそろ俺の物に、なりませんか?」 「………………」  半笑いで、ヴァンリは「たはー」と項垂れる。 「既婚者を口説くな」 「未亡人でしょう? 俺にもチャンスはある」 「未亡人て言うなっお前ええぇ!」  手を振り払われる。 「じゃあ、男鰥夫(やもめ)ですか。言い方を変えたところで独り身は独り身でしょう」  むすっと腕を組むヴァンリ。 「なんって失礼な男なんだ。俺は奥さん一筋ですぅー」 「またそれですか」  あきれ顔でさっさと仕事に戻っていく。戸が開く音を聞きながらヴァンリは唸る。これで口説かれるの三回目だよ。子どもが出来るわけでもないのに(そもそも同性同士)、異なる種族を好きになる気持ちが理解できないや。……俺の趣味も理解されないから、ヒトのこと言えないけどね。  出て行こうとした禿頭男がピタリと足を止め、振り返る。 「そういえば。変人ヴァンリ様の心を射止めた……奥様は何という名前なのです?」  ヴァンリは「一言余計だよ馬鹿」と言いながら前髪をいじる。 「フロリアだよ」

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