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第21話 対鬼用武器

「邪魔をするぞ」  砂埃の中から現れたのは鬼だった。  燃える髪に、黒い角。朱色の花吹雪舞う華美な着物から伸びる腕は、違う生き物のように太く、筋肉で覆われている。  主に人身売買。場合によっては殺人も平気で行う「非風」のアジトに乗り込んでくる。こんなことをしておきながら血を煮込んだようなどす黒い瞳は、知人の家に招かれたような。緊張感も怒りもなかった。  ただ、蛇兄弟が露骨に怯えだす。 「ひっ! あ、あのヒトってまさか」 「あん時の邪魔鬼か……」  兄弟の反応から、あれが報告にあった「化け物」。その一体なのだろう。ヴァンリから見ても、いいや誰が見ても怪物の類であった。  あれがのんきに祭り見物していたなど、信じがたい話だ。 「な、なによあなた! お、おお、鬼が何のつもり!」  ヴァンリの背に隠れながらも、ボスはキイィと叫ぶ。しかし鬼の目はその前に立つ紫の男にとまる。 「ほお……マシなのがいるな」  主がいないのを良いことに、温羅はまたかっこつけモードに切り替えていた。  掴んでいた牢番二名を捨て、のんびりと顎を撫でる。 「ごほっ、ごほっ!」  張り詰める空気の中、砂煙を吸ったのかスミが咽る。それでようやく温羅は用事を思い出した。 「おお。そんなところにいたのか」  ずんずんと鬼が入ってくる。 「ふざけ……っ」  一番前にいた禿頭男が震える拳で殴りかかろうとする。それだけでこの男がどれだけ勇敢なのかが理解できた。だが――鬼相手ではあまりにも無力。 「!」  どれほど恐ろしいものを見たのか。鬼と目が合っただけで気を失ってしまった。  どさっと、泡を吹いて石畳の上に倒れる。 「ちょっと、嘘でしょ!」  鬼の歩みは止まらない。 「な、なんとかしてよ! ヴァンリちゃん!」  盾にしていた男の肩を揺さぶる。それを受け、ヴァンリもようやく心を決めた。 「ラブちゃんたちはボスをお守りしろ」  指示を出し強気に笑ってみせるも、一筋の汗が頬を伝った。  鬼とそれ以外の種族に、どれほどの力の差があるだろう。  例えるなら人と熊。熊はじゃれて遊んでいるだけだとしても、人はズタズタになっていく。  竜はさらにその熊すら踏みつぶすのだろうが、竜がいないこの場では温羅に対抗できるものなどいない。  待っているのは戦いにすらならない一方的な惨殺劇。それでもなんとしてもボスは逃がさなくては。  対話を試みる。  もしかしたら兎以外、用はないかもしれないし。 「一応聞くけど。この兎ちゃんを渡したら、俺らは見逃してくれるのかな?」 「貴様と戦ってみたい」 「――……そうですか」  なんてこった強者認定されてしまった。これだから鬼は。ヴァンリは両手で顔を覆う。  ラブコたちは鬼の視界にすら入っていないようだ。とはいえ意識内にはあるようなのでボスを庇い、壁際に下がる。  唯一の出入り口は鬼の後ろ。何とか隙を見て、逃げ出すことが出来れば――そんなこと可能だろうか。鬼が見逃してくれるとは思わない。  ボスと弟を庇っているラブコは、すでに呼吸がしづらくなってきていた。  鬼は傲慢に紫髪を指差す。 「名乗れ。強ければ覚えておいてやる。一日くらい」 「せめて一週間は覚えていてくれないかな? 俺はヴァーリーヘブン。――種族は教えないよ」 「我は温羅。強さを至上のものとする、黒鬼族が綺羅である!」  鬼の名乗りは戦闘開始の合図。つまり、相手にとっては死刑宣告に等しい。  しかも黒鬼ときた。幽鬼族のように変な力を使わない分、鬼の中で一番殴り合いを得意としている暴力の化身。 「せめて一分は立っていろ」 「期待に沿えるよう。頑張るよ」  鬼は強いが一応、対抗手段がないわけではない。鍛えれば鬼の領域に届く者が現れる。温羅の前主がいい例だろう。もっとも、すべての者が修行すれば強くなれるわけではない。単に忙しい者、興味が無い者、才能が無い者。様々だ。ならばどうやって鬼から身を守るか。  鬼は邪気の象徴とされ、古来、邪気は強いにおいと尖ったものに弱いとされる。節分の際、「柊鰯」を玄関に飾るのも、鬼の侵入を防ぐため。  とはいえ――いざ本物を目の前にすると、そんなもの効果があるのか疑わしくなってくる。 (まあ、近寄らなくなるから、苦手ではあるんだろう)  ヴァンリも鬼から身を守る道具は持っているが、使う日が来るとは思わなかった。だって鬼に喧嘩売る予定なんて人生で無かったのだ。  道具は懐にあるが、取り出す隙があるかどうか。  鬼は「ふむ」と息を吐くと、何か察したように臨戦態勢を解いた。 「武器がないと戦えない手合いか? よかろう。取ってくるがいい。一分ほど待ってやる」 「親切だね……。親切ついでに後ろの三人は見逃してくれない? その分俺がしっかり戦うからさ」  鬼は小さくなって震える蛇乳族とその他に目を向ける。 「その漆黒の鱗は以前から良いと思っていた。貴様が取りに行っている間に屍にして、剥ぎ取った鱗は首飾りにでもしよう」 「……駄目か。でも気遣いはいらないよ。道具ならいつも身につけている」 「左様か。では早く抜け」  普通なら武器を抜く前に襲い掛かってくるだろうが、とことん見下してくれる。強者の余裕か。いっそ心地良い。 「お言葉に甘えて」  首にかけていた紐を引き千切る。着物の中から引っ張り出されたのは随分年代物の、 「銀臥柊(ぎんがひいらぎ)、か」 「知ってるよね。そりゃ……」  一見すると細長い筒だが、上部を捻ると仕込み刃が出る。それは刀というより、フェンシングの剣に似ていた。  ―ー鬼退治には尖った武器じゃないとね。どこかの一寸しかない法師も針で戦っていたし。  刃に使われている銀は一部の地域でしか採れない特殊なもの。その銀で作られた剣は柊と同じ邪気を払う力があり、鬼を文字通り伏せさせるくらいの力はある。現に、これを見た鬼の顔が嫌そうに歪む。 (ヴァンリちゃんたら、い、良いもの持ってるじゃなぁい……)  ライムの肩に爪を食いこませ、カタカタ震えながらも笑ってみせる。  鬼を退ける定番中の定番剣だが、製作出来る鍛冶師が限られているため、数は多くない。  ボスである自分も持っていない物だ。使われる前に欲しかった。  刃の長さは約一メートル。一回でも斬り結べば折れてしまいそうな細剣だが、一度でも突き刺せれば鬼の力を削ぐことが出来る。値段と希少性の割に、使い捨ての武器だった。 「陸に上がった海の民くらいには、弱体化されるでしょ」 「そうさな。それは苦手だ。さあ、来るがいい」  苦手ならもうちょっと怯んでほしいんだけど。  早く戦いたくてしょうがないみたいに、顔が輝いてるよもう。  獰猛な笑みに、ライムが蚊の鳴くような声を出す。 「お、大兄貴……」 「大丈夫だよ。ライムちゃん。ラブコ。もし隙が出来たらボスを逃がしてね」 「……はい」 「ヴァ、ヴァンリちゃん……死なないでよ」  死なないさ。弟たち(蛇兄弟)が嫁さんもらって、幸せそうに暮らしている姿を見るまで、心配で死ねないよ。  背後に兎ちゃんがいるため、鬼は建物を倒壊させるような大暴れは出来ないはずだ。 (手足を失くそうとも、鬼退治をやってやる……)  上唇を舐め、性格に似合わぬ渋い闘気を滲ませた。  ほぼ満員に近いこの狭い部屋でどれだけの動きが出来るか。長物を使うヴァンリの不安は、しかしすぐに解消された。 「はああ―――っ」  鬼の放った正拳突きが、石壁を粉砕する。 (うわあああ……)  横に跳んで避けたヴァンリの頬に赤い筋が出来る。拳には当たっていないのに血が流れる。 (紙一重でも怪我するのか。もうパンチとか可愛いものじゃないな……) 「ふうん!」  壁を砕いた拳をそのまま横薙ぎに払う。粉砕された壁が石礫(いしつぶて)となり、全員に降り注ぐ。 「ぎゃっ」 「ひいいっ」  ラブコとボスが悲鳴を上げる。ラブコはふたりを庇ったがために石礫をもろに食らい、後頭部や背中と言った背面全てから血を流す。 「兄貴!」 「……かっ。あ……」  散弾銃のような礫に、ラブコはその場に崩れ落ちる。ハチの巣にならなかったのは鱗のおかげだろうが、重症だった。 「ちょっと! 攻撃が大雑把なんじゃないの?」  スミを庇ったヴァンリも軽傷ではなかった。切れた額が血を流し、両腕も痺れてすぐには動かせない。あの方への貢ぎ物だからね。なんでスミちゃんを助けに来た(?)側のやつから庇ってんのよ、俺が。  聞いていないのか、鬼はよく避けたなと褒めてくる。

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