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第3話

「シーン、とシンのともだちぃー夕飯一緒に食べよーう、うわ髪が短い」  二人で床に転がって、黙ってぼぅとしていると、部屋に男性の声が響いた。 「今一番気持ちいいんだから静かにして」  シンが起き上がって返事をする。 「男同士でもコンドームは使うんだよ……あとスタジオでは辞めてね……べットでしようね……お父さん、仕事する時に想像してモヤッとしちゃうから……」 「悪いけど、連弾だよ」  起き上がってその声の主を見て硬直した。  そこに居たのは、この国の人なら誰でも知っている、元ロックバンドのヴォーカルとしてデビューし、全盛期にはワードツアーを成功させた、今はソロでアーティスト活動をしている人だ、バラエティやドラマや映画にも時たま出ていてながら、未だにライブ活動にも力を入れている、まごうことなき音楽界の大成功者だ。 「はじめまして、シンの父です、息子がお世話になっております」  世話になったのは僕の方です、はじめましてユウともうします。  という返事をしたつもりだったが、口は動けど声が出なかった。とりあえずハクハクとしながら頭を下げた。 「シンのお友達が遊びに来たらこう言うの夢だったんだ。満足したよ。遊びに来てくれてありがとう」 「すぐ行くから先に行っててくれ」  シンは呆れながらも微笑ましそうな。くすぐったい感じだ。 「秘密なんだけどね、あの人が子持ちって事自体。だから人を呼んだのは初めてなんだ」 「驚いて声が出なかった……ガチ芸能人……」 「家だとただのちょっと頭のネジの飛んだ音楽バカだけどね」  どちらも綺麗な顔立ちではあるが、顔立ちのタイプが違う。  親子と言われるとうっすら似ている様な気もするし、言われなければわからないかもしれない。  父親の方は華やかな美形だが、息子の方は清楚な美形だ。シンの顔立ちはもう少し親しみやすく、母親似なのかもしれない。  夕食は煮物やキンピラ等の家庭料理だった。  芸能人とは言え、あまりファンだったわけでも無いので、先の非礼を詫て、和やかに食に集中出来た。  母親は不在の様だが、特に詮索する気も無い。  食後もまだドラムを使っていいと言われたので、喜んで地下に駆け下りた。  しばらく食後の運動の様に叩いて、何となく、もう少しで腑に落ちる様な、もどかしい気持ちになった。  帰れと言われるまで叩いてやろう……と心のなかで決める。  横でシンはギターをチューニングして、途中から入ってきた。  この人はギターも弾けるのかと呆気にとられつつ、しかも、上手いと唸る位に上手い。入り方もまた嫌らしい程に上手い。そして、楽しそうだ。  先程のピアノと同じ様に、仕掛けて、仕掛けられて、じゃれ回るようなギターとドラムだ。 「俺も混ぜろおおお」  ギターと酒を持った、社長が現れた。 「んじゃ僕もまーぜてー」  父も来た。  シンは社長にギターを明け渡して、ベースに持ち替えた。  この人はベースも弾ける以下略……  本人はベースはそんなに得意では無いと言っているが、そんな事は無かった。 「どっかで聴いたことある様な……」 「何言ってる、お前わかっ」  社長が何か言おうとして、シンは蹴飛ばした。脛を。 「すみません……」  シンはドラムに背を向けていて、どんな顔をしているのかは見えなかったが、床に崩れた社長の謝り方を見ると、随分な顔をしているに違いない。  見てみたい。というか、顔だけでそんなに怖いなら見下されてみたい。という、邪な気持ちが湧く。  ドラムというのは、何となくでも知っている曲なら決められたリズムさえ間違えなければ何となく何とかする事も可能だ。  勿論キチンとやろうとしたら曲の勉強は必要だ。しかし、遊びやノリでやるなら空気を読んで慎むという事をすれば良い。コミュニケーション能力の問題なのだ。  そして、社長は随分無邪気に走る、そこにベースもヴォーカルも慣れっこの様で、ついていってしまうので結果的にただのリズムを刻むメトロノームの様にドラムだけが地味になる。  それに気が付くと、社長が心配そうな顔を向けて大人しくなるのが、悔しい。無性に悔しい。  このおっさんの事が子供の頃から割と好きだった、ガチ芸能人のシンの父親とは初対面で食事が出来ても、このおっさんに初めて会った時の焼鳥の味の無さは凄かった。  焦げ臭いゴムの様だった。  緊張し過ぎて味がわからない、という現象は本当に起きるのだと、ぼんやりと感心した思い出がある。   おっさん現役の時そんな周りに気を使ったりした事ねえだろ! と、苛立つ。  頭の中まで鳥肌が立ち、腕を振り上げ不満や怒りを込めてスネアをぶん殴った。  社長の顔がパッと、カブトムシを見つけた子供の様に明るくなり、走り始めて、どんどん早く、派手になる。  ガキ大将の背中にはついてこいと書いてある気がする、かっけえ……ついていきますとも、時に転ぶけど。  その場の空気が内側に内側に向かってエネルギーを注ぎ込まれ、いつ爆発するか解らない程に熱が膨らむ。  練習はもっと緻密に、止めたり止められたりもう一度やったりしていくが、こういう誰にも見せない遊びのセッションは酷く散乱している。  そして、ラストの曲にスタンド・バイ・ミーが始まった。  全員が刃物になって、淡々と刻む、緻密に真面目に、謹んで、ギターさえ冷たい刃の様なキレた音をだす。  ヴォーカルの日本人的な発音がまた、籠もった様な、それでいて、懐かしむ様な震える声が、セクシーで素晴らしかった。  この世界を壊さないように、そっと、そっと幕を引いた。 「父たちもうお眠だから……お先に……」  既に疲れて欠伸をしながら、おっさん達は出ていった。 「もう少しやる?」 「あと10分だけ……」  せっかくタダで好きなだけドラムを叩けるのに眠るわけにいかない。今日のリズムをリセットする様に淡々とメトロノームを刻む、ボーッとしてきてずれはじめた所からが勝負だ。無意識でも決まった所はズレたくない。   毎日様々なリズムに影響されるから、夜はリセットしたい。  そして、気が済むと、シンさんは床で眠っていた。  隣に転がってうとうととしてくる。  床は硬いが、昨日はライブ、今日は練習、2日連続で渾身のドラムを叩いたせいで疲労のピークで、目を閉じたらもう開けられない……    

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