6 / 9

第6話

 特訓してから初めて音を合わせてすぐ、ヴォーカルが止まった、ギターもベースも止まった。  音の響きにすぐ全員気付いてくれた、しかし、ヴォーカルのジンは歌えなかった。  途方に暮れた。  同じリズムでも、時として違う物になってしまうのだと思う、俺が響かせれば、全体の音が変わる。今までと別物になってしまった。バンドの音の中から浮いてしまった。  呆然とジンと向かい合って見つめ合っていると、彼は泣き出した。  実年齢不詳だが、かなり先輩のはずの彼が、あまりにも子供みたいに泣いて蹲ってしまうので、俺の方もショックでぼたぼた涙が出てきた。  ギターもベースもヴォーカルも、三人ともドラムに向いて演奏する事にした。しかし、それはとても有難かった。嬉しかったし、よく見えたし、よくわかったのだ。とてもよく、わかった。  ドラムとベースは基礎だ。よりズレると悲惨な事になる。今迄はとにかく必死だったが、それでも丸暗記したリズムを兎に角叩けば、響かないドラムは誤魔化せた。今は余程合わないとズレが目立ってしまう。一進一退とはこの事である。  その為に、今度はベースとギターとヴォーカルの中で空気を読む必要が出て来てしまった。  ベースのリョウなんかは全身でタイミング入れてくれるし、ギターのキヨも目線を増やして支えてくれた、その上にジンのボーカルが重なっり、ああ、バンドってこーゆー物なのか。などと、今更思ったのだ。 「明日のライブやべえな楽しみ、リハでこんな汗かいたの久しぶりー!」  リョウが楽しげに言うから、救われる気持ちになった。元々面倒見が良いのだ、このバンドのメンバーは全員。より深く、より深刻に、このバンドのメンバーで居れる事に感謝した。  ジンは、お前じゃなきゃ嫌だと何度も何度も何度も、鼻水を垂らしながらも、言ってくれた。  それは、オマケではなく、メンバーにならなければいけないとゆう事だ。ぶら下がるのを辞めて、ちゃんと同じステージに立たなければいけない。ちゃんと聴いて、ちゃんと感じて、ちゃんと叩くという事だ。  キヨは特に何も言わなかったけど、内向きに合わせる提案をしたのはキヨだった。リーダーは寡黙でかっこいい。  数ヶ月前から話していた、初のフルアルバム作りの告知を、明日のライブからしていい事になった。  社長からまあ、ドラムがここまで来てりゃ良いだろ、との事だ。  順風満帆だ。  シンさん呼んでも良いかな? と、社長に申し出ると、もう呼んだわ! と、怒鳴られた。  結局、一番心配して、なんとか手をかけてくれたのは社長だ。 「愛してるよ、社長!」  本気で鳥肌を立てて逃げやがった。  久しぶりに自分のアパートで寝て、起きて、ライブハウスに向かった。  兎に角色々な人に挨拶したりなんかして、トリなので早々にリハが始まる。  リハの段階でも出演者やライブハウスのスタッフから驚かれ、褒めて貰えた。心が浮かれた。  今まではガチガチに自分の中に篭ってひたすらメトロノームの音を聴くとゆう暗い事をやっていたが、なるべくメンバーを観察していた。  ジンはキヨに、吹くと伸びる駄菓子屋の玩具を吹いてしつこく何度も何度もぶつけ、本気で正座させられて怒られているし。  リョウはストレッチを通り越したヨガみたいな事をやっていて通行人の邪魔になってる。  面白い人達だ。  どうやら今迄は、この天才気質の中に絶対に話しかけてはいけない人キャラで自分も含まれていた様な事を近くに居た何処ぞのバンドの人が教えてくれた。他のバンドの人達が「定番の光景」として面白そうに眺めていた。  ジン、キヨ、リョウの三人にとっては全員後輩のイベントだった為か、特に文句も言われない。  ユウは最年少なのだ。大人しくメトロノームを聴いて孤独満喫でも良かったが、メンバーの中では一番キャリア的には話しかけやすい。今迄でで一番色んな人と話す事が出来た。  おかげで、少し会場を観に行くとゆう余裕も出来た、せめて話した人のバンドを数曲位は聴かなきゃと思い至る。  今迄それどころではなかった。よく鬱病にならずに居れた物だと思うが、それは遊びに来てくれる素敵なお姉さん達のおかげかもしれない。  珍しく会場に出て来ていると、可愛らしい方のファンの子達が数人で駆け寄ってきてくれて、少し話をした。  怖いタイプのお姉さん達も数人は居たが、向こうからは来てくれない。  少し寂しいので手を振ったら笑われた。ちょっとバカにされてる様で嬉しい。  そんな事をしている内に、ゆうちゃーんお着替えなさーいとリョウにオカマ口調で促されてお着替えをして、ヘアメイクが始まる。いつも一番最初だ。  絶対肌露出しない衣装を選ぶので、暑いライブハウスでは季節関係無く地獄だが、寧ろそれが良い! と、思っている。  他のメンバーは露出度が高いのに絶対に後が良いと毎回骨肉の争いを繰り広げる。  その辺りから、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。  これも心地よい。  毎度毎度貧血起こしそうになっていたのが嘘の様だ。  自信は無い。しかし、今日は大事な日だ、始まりの日だ。その気合いだけで、落ち着いていられる。純粋に、凄いなあと思った。  そろそろ楽屋で待機とゆう頃に、関係者のフロアにシンが見えた。  向こうからこちらは見えないらしい、そっと眺めて癒されるだけに留めた。 「よろしくおねがいしまーす」  そんな感じでライブは始まった。  客電が落ちて、そんなに大きくも無いけれど、客入りの良いライブハウス。  音はより響き難いだろう。  キヨの独断でセットリストはドラムで始まる暴れ曲が初っ端に来て、そのまま嫌がらせの様にドラムがシビアなバラード多め、最後は一番体力使う暴れ曲が入った。  メンバーをガン見しながら、淡々と打って行く。  ベースの動きから合わせて強烈に打つ。  ヴォーカルもしょっちゅう後ろ向いちゃうし。  ギターだけは定位置に居るけど、チラチラ睨まれるのでハッとする。  短いイベントのライブの中で、これだけコミュニケーション取れたのは初めての経験だった。今迄を後悔する気は無いが、こんなに楽しかったのかと、感動する。  そして、この人達は大先輩だった。  大大大先輩だった。  最高にやりやすい、優しい。  泣きそうになりながら、最後の曲を叩き切った。  楽屋に戻ってから大号泣した。  ヴォーカルがもらい泣きして大泣きしている。  初めて対バンするバンドの人は目に見えて引いていたが、俺の下手さを知っている長いお付き合いの人達は神妙な顔をしていたし、少し貰い泣きしてる者までいた。  化粧が溶けた黒い涙を流していたら、社長に引き摺られる様に楽屋にやってきたシンが大笑いで、頭をグシャグシャ撫でられた。  スプレーで固まってる頭を撫でられると痛い。  だがそれが嬉しい。  そんな事をしていたら撤収が遅れて怒られたが、ライブハウスの店長も、しっかり褒めてくれた。アルバム楽しみにしてるよ! と激励で送り出してくれた。  ここからやっと、本当にバンド生活が始まる気がした。  ライブが終わったらすぐにレコーディング準備に入った。  レコーディング中にもライブはあるし、レコーディング終わればツアーが始まる事になっていた。その合間でそれぞれに雑誌やら、ラジオやら、営業なんかで駆り出される事になっている。  しかし、社長命令によりドラムだけは練習優先になり、主にキヨとリョウが営業に回る、ジンはろくでも無い事を言いかねないので、極力避けられたらしい。  社長もきちんと仕事をしているなあと、感心した。  いつでも練習出来るからと、自分のアパートでは無くて、シンの家に住み着いていた。  アパートの存在理由が物置である。  あまりの忙しさに、お前もさっさと寝ろと言ってシンは素早く寝てしまう。  俺も寝なきゃ! でもなんかあー! と、思ってる間に寝てしまうのだ。  ハッと目覚めて、目の前のシンにしがみついて散々にキスしてから、家を飛び出して。  また帰ってきての繰り返し。  空いてる時間には、初めての曲作りなんかして、その間彼もごちゃごちゃやっていたけれど、少し寂しいと思いながら、でも甘えちゃいけないと、闇雲にバンドに陶酔していく。  ライブハウスによって音の広がりが違うので、そこの調節も必要だったし、レコーディングも当然変わる。夢中でドラムを叩いた。  気付いたら衣食住を完全に自力から手放していた。食べて寝て着替えてる事に驚いた程だ。大概シンに食わされ寝かされ着替えさせられている。  瞬く間にレコーディングのドラムの部分が始まり、気付いたらレコーディングスタジオのソファで寝ていたりする。  アパートの更新が来ると、完全にシンの家に転がり込んでいた。  その間にやつれて行くメンバー。  自分も例外で無くて、ギスギスしてきた。自分の中に篭ってしまって、家に転がり込んで居るのに、喋らない日が続いた。  寝る時に、背中合わせになって、なんだか寂しくて涙が出てきたが、眠くなって寝てしまう。自分はマゾヒスト以前に所詮はバンドマンなのだ。  従属願望はあっても、我儘で、衝動的で、何も我慢が出来ない、音楽に夢中になり、手っ取り早い快楽を優先し、相手を慮らず甘えるエゴイストだ。  打ち合わせまでの待ち時間、喫茶店でぼーっと煙草を吸いながら曲を聴き込んでいて、ふと窓の外でシンを見かけるのだ、楽器持っている。初めて外で楽器持ってるの見た。  その他に二人居る。スリーピースかな、サポートかな、何も知らないやと思う。  何をして居るのだろうか。  何だか無性に寂しい。  メッセージを送ってみたが、既読にならなかった。  ユウという人間はドラム以外にはアホのフラフラ人間である。  たまたま、近かった一番長くお世話になっていたお姉さんのお家に行って、虐めてもらった。  痛みを感じた後には、あさましい自分を許せる様な気がするのだ。  縛られた跡は一時間程度で消えるけど、背中が物凄く痛い目に遭った。  ほんの少しお尻の穴も痛い。  甘ったれの自分が、物凄く嫌いで、そんな自分を罰して楽になろうとして、インスタントに他人を使う。更に嫌いになる。  背中がズキズキするまま、この日は打ち合わせだけで、そのまま帰ろうかとアパートに向かって、引っ越した事を思い出す。  焦った。  お姉さんの家に泊めて貰えば良かったと思うが、もう仕事に行ってしまった。  けれど、近頃はずっと触れ合う事も無くて、もう良いやと、落ち着いたら家を探して出て行く決意をして、今日はもうどうでも良かった。  ちんたらちんたら、足取りも重く帰る。   家に着いても、シンは居なかったから、シャワーを浴びた。帰ってくる前に寝てしまおうと思う。 「ひぃい……」  水が染みる、相当強く打たれたらしい、その場ではもう痛いとか痛くないとかでは無かったが、切れてるかもしれない、自分では見れないので、歯を食いしばった。  布団に潜り混んでうとうとしていた、疲れ果てている。自分にはバンドがある、どんなにめちゃくちゃになっても、バンドさえ手放さなければ生きていける。  そんな事を思った。  突然、頭を鷲掴みにされる。  眠りかけていた分、心臓が飛び跳ねて、目の前の男の顔を見ても、何も認識出来なかった。 「お前何やらかしてんだ」  物凄く低く、物凄くよく響く声だ。  落ち着かない心臓のせいで、呼吸が荒くなり、全然冷静になれないし、何を訊かれてるかも理解が出来ない。  純粋な怒りに当てられていた。  シンからは色んな種類の煙草が混ざり合って、汗とドブ、要はライブハウスの匂いがする。  あー落ち着く、落ち着くのに物凄く遠い、同じ匂いなのに何かが違う。 「お前、この背中何?」  ああ、と思う。深呼吸を無理矢理五回程して、 「俺出てくよ」 「何で泣くの」 「出てくの嫌だから、かなあ。びっくりしたからかもしれない」 「絶対動くな、この部屋から出るな、すぐ戻るから」  シャワールームに消えて、暫く水の音がしてたけれど、何かを破壊する音が響いて、びくりとする。  見に行こうかと思ったが、辞めた。  ベッドの上でじっとしていた。  それから、シンはびしょ濡れのまま部屋を出ていった。  一人残されて、少し冷静になったら、涙がひっこんだ。何て我儘なのだろうか。  特定の誰かと居るなんて、いくら恋していても、そんな事は今迄に無かったのだ。自分の性別が男だと気付いた時にはバンドマンになっていて、女の子は近くに幾らでも居て、その内にお姉さん達さえ居ればよくなっていた。  虚しくなる。  このまま立ち去るのが多少はマシな人間なのだろうが、本心では気を引きたくて、まだ構って欲しくて、動けるはずも無かった。  救急箱の様な物を持ってシンが戻ってきた。  黙ったまま、上着を脱がされて、そのシャツを見て悟る、血が滲んでいたのだ。  そういえば、ラタンのケインと、ナイロンの鞭で打たれた気がする。  物凄く、お仕置きが欲しかったのだ。  物凄く。  背中の傷に爪を立てられて、悲鳴を上げそうになって堪えた。  背後で溜息を聴いて、性懲りも無く、あさましく、 ぞくりとする。傷に冷たい物が塗られ、消毒されてるのはわかった。  そのあとも何か塗ったり、貼ったりしている。 「他の場所は?」  暫く戸惑う 「お尻も、少しヒリヒリする」  簡単に答える。  イラっとした空気を感じたが、今更である。  脱いでこっち向けろと言われて従う。  従わせてくれることが、嬉しいのは何故だろうか。  変態だからか。  何か薬の様な物をしっかり塗られた。  若干興奮しそうになる、当然だ、好きな人に滑稽な姿で愚かな理由でケツの穴に薬塗られてるんだから。下唇を噛んで耐えていると、中まで進んでくるが、好きでは無いタイプの痛みに鳥肌がたつ。  四つん這いで、シーツ握り締めて、その醜態を、もうこのまま捨てられて最後かと思うと、味わい尽くす気になって来た。 「切れては居ない。少し擦れてるけど」  指が引き抜かれる時には、いやらしい声が出ていた。 「それで、何なのこれ?」 「うん。うん? うーん………」 「はっきりしないな、さっきから、お前ね、こんな背中と尻にしてドラム叩けんの?」 「叩けるよ……」 「糞だろお前」 「ごめんなさい。明日には出てくから……」  平手打ちをくらった。  それはそれは見事なスナップで、凄い音がした、流石としか言いようがない。  しかし、冷戦になる。顔は、まずいのだ、腫れると。 「ごめんなさい。もう、どうしたら良いかわかんない……」 「そうゆう事じゃねえんだよ、此処に居る理由が、ドラムの為だけならそれでいい。でもそれが叶わない様な状態になるなら、俺は俺を許せない」 「俺が勝手に没頭して勝手に黙り込んで、勝手にやった事だよ? 何で? 何でシンさんが許せないの? そんなの変だ……」 「後悔したからだよ。これは俺の勝手な反省だ」 「バカだからよくわからない……」 「頼むから俺以外に逃げないでくれ。ドラムの為だけなら尚更俺だけにしてくれ……」 「ちがう……なんて言えば良い? ドラムの為だけじゃなくて、ドラムの為だけど、シンさん俺、ドラムじゃなくてシンさんで、でもどっちも、それが、それが、わああああああああああああああああ!!!」  訳がわからなくなった。  急に叫び出した俺にシンさんは物凄く驚いてた。 「落ち着け!」  首を引き寄せて抱いてくれた。  子供の頃は泣き虫だった。我慢して大人になろうとした鬱々とした思春期、お姉さん達の前で泣く事が出来るようになって、我慢をしなくて済む場所を見つけた。  もし、ドラムが今より上手くなっても、遥かに上手くなれても、もっと高みがあってきっと一生涯満足なんかしないで死ぬのだろう。  毎日毎日、不満と情けなさとの戦いだ。  それが、音楽で、それが、好きでやっている。  けれどその為に、同時に、弱虫で泣き虫の俺は誰かの前で泣く事が、必要だった。  唯一自分を理解してもらえる瞬間だった。  苦しさに堪える自信になる。 「ご主人様って。グズでバカで何も役にたてないけどご主人様って呼ばせて………お願い、なんのメリットもないけど一番側に置いてて………ごめんなさい、ごめんなさいご主人様、ごめんなさい……」  シンに抱き付いて、涙も鼻水も全部シンに擦り付けた。  いつか見た夢の様に、ご主人様ごめんなさいご主人様ごめんなさいご主人様ごめんなさいと呟き続けた。  シンはあまりにも深いため息と共に、諦めてユウの 頭を抱え直した。  翌日は熱を出した、こんな裂傷を抱えていたら当たり前だ、おかげで予定していたリョウとのラジオの生収録を休みむ羽目になり、代わりにジンが行ってくれた。物珍しさと、発言のおかしさで良くも悪くも話題性はあった様だ。  レコーディング開始あたりから、マネージャーがついていた。そのマネージャーとメンバーは物凄く心配してくれて、恥ずかしさで冷や汗が止めどなく流れ、申し訳無い気分でいっぱいだった。  唯一事情がバレた社長には、当然激怒された、それはもう物凄い怒られたので却って少し気が楽になる事が出来た。  これから、更にツアーが始まって会えない時間がつづくと、分かりきっていたのに、自分の愚行によりご主人様との本格的な蜜月は、背中とお尻が治るまでお預けを食らうらしい。  その代わり、空いてる時間はべったり構って貰ったし、不意に小さな意地悪をされてはドキドキする。  構ってもらうと言えば聞こえは良いが、アホな事をしない様に監視されているのである。  シンは事務所の先輩とゆう事になるが、音楽活動は気紛れで、現状は事務と保護者業務である。  最近のシンは、サポートやセッションの依頼はなるべく受ける様にしていると言うので、勉強とゆう名目でメンバー全員でライブを見に行ったりもした。何故だかドラムで参加する事は滅多に無い。  驚いたが、遺伝なのか環境なのか歌も上手い、コーラスでギターボーカルをやっている事もあった。  ベースも弾いてたし、ピアノとバイオリンも弾ける。  一緒にセッションした事のあるジンとシンは元々仲良さそうだったし、何の楽器の話でも出来るから、メンバーは全員でシンを慕う事になる。  ひっきりなしに話しかけるメンバーに対して、俺のご主人様だぞと少しムッとする。  ライブを見てきて、本当に音楽の中から産まれた化け物みたいな人なのだと、感じた。  そりゃ、これだけの才能があればナチュラルに変態にもなるのだろうと思う。  偏見だが。  ライブハウスで演奏するシンさんは格好良過ぎて、ムラムラとする。  自分のライブじゃないのを良い事に、トイレに連れ込む。  ヴィジュアル系のイベントでそんな事していたら即噂が広がるので絶対する気は無いが、シンはそういう場以外でも活動するので楽しい。 「トイレご奉仕?」  コクコク頷いて、シンの一物を取り出すと、ぱくりと口に含む。  普段しちゃいけない事をするのはドキドキする、シンのバンドのメンバーにバレないかとか考えると余計に興奮して、自分の物もゴソゴソと弄る。   耳の裏とか首とか、撫でられてゾワゾワする、気持ちよくて叫びそう。  息が上がってくると、髪を掴んで奥を突いてくれる。  口の中で感じながら、自分のちんこを擦って、いく。シンは半端にフェラしたところでいかないのでトイレでご奉仕とゆうシチュエーションの、ただのオナニーだ。 「俺便器になりたい………」  何となく呟いただけだったのだが。 「溢したら怒るけど?」 「はぃ………」  この、ピリッとした山椒みたいな空気感が好きだ、シンがご主人様で、ご主人様が支配者、みたいな瞬間。  フェラした位置のまま口を開けて上を向く、そして、喉をがばっと開く。  流れる物を飲み続けるには、いちいち嚥下してる余裕は無い。ひたすら流し込む、慣れると出来る様になるMテクだ。  たまに溢してお仕置きされるのも有りだ。  本当は初めて貰うおしっこだ、溢しながら被って満喫して味わいたい所だが、服をおしっこまみれにしたら帰れないし、少しは出来る子だと思われたい。  ご主人様は本当に手練れでいらっしゃる。  変態なシチュエーションだし、さっきまで舐められていたのに、あっさりおしっこを出してくれる。  惚れ直す。  しかも強過ぎず弱過ぎず絶妙な量にしてくれる。  本当に惚れ直す。  おしっこの出し方だけで、物事に対する追究心と性格が窺い知れるとゆう物だ。  なんて、紳士なんだろう。  飲み干して、褒められて、満足して、明日も元気に頑張ろうと思った。  アルバム発売前に、ツアーとも言い難い規模だが、地方ライブがあるのでお出掛け用品のお買い物なんかも行った。  たこ焼きを買ってもらった。  口を火傷するのが美味しい。  口の火傷ならドラムに影響は無いはずだと言い張った。 「口の火傷が好きって絶対おかしいよ」 「ただマゾなだけだもん」 「まあ、その位ヤバい方が良いけどね。ペット用品屋にも寄る」 「何? なになに? 何買うの!?」  完全に自分の物決定の勢いでの質問に、シンは苦笑いしていた。  シンが行くペット用品屋さんは生体販売をしていない、ペットにも飼い主にも安全な素材を! という、なんともハートフルで意識高い系、値段も高い系なお洒落なお店だった。  常連の様で、店員さんも前回のおもちゃはわんちゃんどうでした? とか訊かれて、凄い笑顔で喜んでいましたよと返している。  そのわんちゃん多分人間だけどね。  ご主人様は怖い。  しかしこの日は、  赤い細い首輪を買ってくれた。  赤い首輪だ、赤い首輪。  柴犬には一番似合う赤い首輪だ。  一生柴犬色の髪の毛で居ようと思った。  しかも、細いから一見チョーカーに見えなくも無い、ヴィジュアル系の人だと丸わかりの容姿なので、本当に全く違和感が無い。  こういう時にもヴィジュアル系をやっていて良かったと思う。首輪もただのお洒落に見える。普段からつけられるのだ。 「首輪を買ったのは初めてだな」 「ほっほんとに!? ほんとに!!? これ俺だけ?」 「うん、ユウだけ」 「犬なのに、犬なのに、ちょっと特別な犬みたい……」 「恋人でも良いんだけどね」  言葉にならない感動で、腕を広げたり振り回したり、飛び跳ねたり、奇声を発したり。  公共の路上なのにゴロゴロ転がりたい気分だ。 「ユウさんですよね?」  浮かれてヘラヘラしていたが、一瞬で冷める。  二人組の女の子が震える声で緊張感が伝わってくる。 「あ、ハイ……?」 「いつも応援してます! アルバム買います! ツアー全部回ります! 頑張ってください!」  今までの会話は聴かれなかっただろうかと、冷や汗を垂らす。 「ありがとう! 頑張ります!」  気の利いた事は特に言えない。知名度がいつの間にか上がっているらしい。  他のメンバーはきっと今迄もこんな事がしょっちゅうだったのだろう、プライベートで出掛ける時はサングラスとかマスクとか帽子とかしていた気がする。  その中に俺が無防備な姿で居ても特に何事も無かった。  握手して別れたが、ご主人様は少し遠くで気配を消して見ていた。父親との生活で対処に慣れているのだろうと思う。 「今度からデートする時は帽子とか被ろうかな………」 「別に俺は気にならんけど、その方が良いかもね 」  ファンだと言われるのは嬉しいし、照れるけども、当然緊張する。  早く家に帰ってドラムを叩こうと思った。  ライブ毎に少しでも上手くなっていたいと思う。  ご主人様も居るし。  ご主人様さえ居れば何処までも飛べそうな気がする。  ライブの後には帰る場所がある。とても幸せな事だ。  

ともだちにシェアしよう!