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第3話

 果たして敵か味方か。志木は、ぎくしゃくと振り返った。といっても闇が澱み、生き物の気配を感じるのみ。  花に擬態して獲物が射程圏に入るのを待ち受けるカマキリさながらの、それ。 「……ひっ!」  闇雲に駆けだしたとたん腕を摑まれて、よろけたところを突き飛ばされた。つんのめったはずみに転ぶはずが、トランポリンの上に落ちたように全身が小さく弾んだ。  跳ね起きたとたん、さらりとしたものが足に絡まった。感触からいって、これは布……だろうか。  手当たり次第にそこいらじゅうを叩いてみても指が(へり)をかすめないということは、かなりの面積があるということで、たとえばキングサイズのベッドめがけて押しやられた? 「だ……」  ……れだ、は舌がもつれてくぐもる。自分を奮い立たせて、改めてまくしたてた。 「てめえ、おれをどこに閉じ込めた、目的はなんだ、堂々とツラを見せろ!」  凄みを利かせたつもりでも声がうわずる。黒目がちの目が、苛立たしさと不安をない交ぜに泳ぐ。わけのわからない状況下でも、どっしりと構えていられるやつは、よほど肝が据わっているか、根っからの(どん)チンだ。  鈍チンと繰り返して、ハッと気づいた。やけに股間がすうすうすると思えばフリチン……っぽくないか?   パーカもTシャツも自分で脱いだか誰かに脱がされたかして、平たく言えば。  すうっと蒼ざめた。おれは、たぶん変質者にさらわれて、そいつのアジト的な場所につれ込まれた。万年金欠病の大学生を身代金目当てで拉致ったとは思えない。最悪の展開は、殺人鬼が新しいナイフの試し斬りをするための実験台に選ばれた……。 「ないわあ。ないない、深読みがすぎるって」  しかし何者かが、だんまりを決め込むさまに冷や汗がにじむ。志木は極限まで縮こまり、そのとき闇に閉ざされたひと隅がほのかに明るんだ。  パニクる寸前でぎりぎり持ちこたえている現時点では振り仰ぐ余裕などないが、天窓がうがたれていた。雲が切れて月光が射し込み、巨軀のシルエットがおぼろに浮かびあがる。 「マジ、かよ……」  ぽつりと呟きがこぼれた。小刻みに震えだした指で頬をつねってみた。脳が情報を遮断して、と認めるのを断固拒否する。だって、あの月影はひょっとして……。  パッと見は三十代後半の偉丈夫。しかし耳はヒトのそれとは違い、びっしりと毛で覆われているうえ頭の両脇から突き出ている。ゆったりしたズボンの後ろで長細い尻尾がSの字を書いてしなう。  あれはフリンジみたいな飾り物じゃない、まさしく本物の尻尾だ。琥珀色の双眸が爛々と輝くところは、ネコ科の大形獣(おおがたじゅう)さながらだ。  正真正銘、獣人──だ。

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