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第4話

 その異形のものが、おもむろに動いた。 「くっ、来るな、あっち行け!」  志木は、なりふりかまわず尻でいざって後ろにずれた。連動して、振り子のごとくペニスがぶらぶらする。  蔑みに満ちた、また品定めするように鋭い視線が股間にそそがれるなかで。  壁に退路を断たれて、ひっ、と息を呑む。にもかかわらず、くすくす笑いがこみあげる。カラクリを見破った気分で胡散臭い男を()めあげた。  一角獣や魔族、それから獣人の生息域はファンタジーの世界に限られる。月明かりが闇をひと筋、切り裂いたのが演出効果満点なのも相まって、うっかり騙されるところだった。  耳も尻尾も精巧な作り物に決まっていて、こいつの正体は、かなり痛いコスプレイヤーに違いない。  日本語がふつうに通じることじたい推論を裏づける。そう、獣人に扮した──志木の考えでは──男は流暢に日本語を話す。 「おまえは時空の裂け目を通って、ここナディール王国へとやって来た。わたしは王家に連なるアルフォンソ・デュモリー。本来であればヒトのごとき下賤(げせん)の者は謁見を願い出ることすら叶わぬ身と心得るがよい」 「って、スカしちゃって笑かしてくれる。時空がどうのって、なに設定ですかあ?」  を交えて言葉を継ぐ。 「耳はどうせUSJあたりで買ったカチューシャ、尻尾はお手製だったりする? おっさんがキモいんで外しちゃってくださーい」 「ゆうえすじぇい、なるものは寡聞にして知らぬが。躰の一部をもいでみせろ、とは不敬罪に相当する(たわ)けた口をきいてくれる」  王族と称する男にとっては出血大サービスの部類に入る。種も仕掛けもありません、と言いたげにアルフォンソは耳と尻尾を同時に且つ、思いきり引っぱった。  どちらも取れるどころか、しっかりとくっついたままだ。尻尾に至っては、だらりと垂れ下がるわ、ひゅんと風を切るわ、自在に動く。勝ち誇った笑みが精悍な(おもて)に浮かぶ。 「(ひゃっ)パー、本物の獣人なんか、どこから湧いて出たんだ……?」  マニッシュな砂糖顔がひきつり、志木は石像と化したように固まった。和毛(にこげ)に隠れてしまうほどペニスが縮こまる。  防衛本能が最大ボリュームで警告してくる──逃げろ、今すぐ逃げろ、グズグズするな、急げ!  もはや手遅れだ。アルフォンソが、ひらりとベッドに飛び乗ったあとだ。ズボンとそろいのシャツがはためき、筋肉に(よろ)われた上体がちらついた。その、たくましい体軀にものを言わせて、易々と志木を組み敷く。 「重っ! ナディール王国だかなんだか知らないけど、プロレスごっこが流行ってるのかよ!」  ビビったら負けだ。あっさりマウントを取られたぶんを挽回、と志木は猛然ともがきはじめた。  細身だが、引っ越し屋のバイトで鍛えられたおかげで腕力にはちょっぴり自信がある。相手がガタイのいい獣人だろうが本気を出せば、おっさんひとり()ねのけるくらい、ちょちょいのちょいだ。

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