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第8話

「ヒトの分際で、ナディール王国の中枢を担うアルフォンソ・デュモリー公爵を罵倒してのけた威勢のよさは、どこへ行ったのだ。もしや精油が体質に合わず、腹なりと痛むのか」 「確信犯のくせして白々しい……!」  志木は、尻尾を除いて微動だにしないシルエットを()めつけた。その拍子に下腹が(したばら)ざわめき、つぎの狙い目はここ、と尻尾に誘いかけるふうにギャザーがめくれた──本人に自覚がないのが幸いだが。  ふと、訝しく思う。性奴を躾ける、とアルフォンソはぬけぬけとほざいた。精油を塗り込めたのは目論見通り事を押し進めるにあたっての第一段階といったところで、セオリー的には第二段階の〝犯す〟に移ってもおかしくない。  なのに尻尾を用いて悪戯する程度で、指をこじ入れてくる気配さえ微塵も。実は態度も図体もデカいわりに勃つものが勃たなくて、時間稼ぎに走っているとか?  と、油断させておいて覆いかぶさってくる作戦なのかもしれない。それでなくとも視姦する形でいたぶられるのは精神(こころ)を削られてつらい。粘っこい蜜が(くだ)をふさいで、大急ぎでかき出したい気分だから、なおさら。  うちに、と努めて冗談っぽく切り出した。 「レポートを提出しないと単位がヤバいのがあるしなんで、うちに帰りたいんですけど?」 「おまえは愚かにも時空の裂け目に落ちたあげくナディール王国に漂着した闖入者(ちんにゅうしゃ)だ、と説明してやったではないか。ヒトの世界に戻る方法などあろうはずがない」 「てのは、てめえのイカれた脳みそがこねあげた妄想で、ここは日本のどこかなんだろ!」  ボートを漕ぐふうに、両足で勢いよく(くう)を蹴るのに合わせて鎖がたわみ、あるいはキイキイと軋む。ペニスが一緒になって揺れ惑う。  志木はあわてて、ぺたりとうつ伏せた。キレちゃ駄目だ、と自分に言い聞かせる。交渉を有利に進めるには冷静であること、鉄則だ。  そこで尻尾が、駄々っ子をなだめる優しさで頭を撫でた。 「おまえは負けず嫌いのぶん躾け甲斐がある。たちまちのうちに降伏するようではつまらぬゆえ、今宵はここまでだ。ちなみに……」  もったいをつけて言葉を継ぐ。 「精油の効き目はおよそ六時間持続する」  そう、含み笑いで締めくくるとアルフォンソは悠然と立ち去った。出入り口の位置を知られるのを避けるためか、死角伝いに。 「ちょっと待て、待てってば、おい! 足のを外していけ!」  怒鳴っても無駄だ。扉の開閉音も、足音も消え果てて、闇の底にぽつんと取り残された。

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