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第11話

 最大の疑問は。性奴だかの候補に狙いをつけられたのが、なぜ、おれなんだ?  天窓の外が、スミレ色に染まりはじめた。檻の四隅に闇が澱み、だんだん領土を広げていく。  日没が近い。夜陰に乗じて狩りに出かけるヴァンパイアのごとくアルフォンソも始動するころかもしれなくて、心臓がバクバクしだす。躾とやらをほどこしにくる恐れがある。すなわち、前夜は堕とされるのを免れた淫虐地獄へ真っ逆さま……。  跳ね起きた。と、共にもぞりと(めぐ)むものがある。  快感の欠けらが後孔に散らばっている。拾い集めて()ぎ合わせたら金鉱を掘り当てるだろう──試してみる価値はある、と囁きかけるように。  フックから垂れ下がる鎖をたぐり寄せた。大縄跳びの回し役を務めるように波打たせる。 「講義はサボり、バイトは無断欠勤。LINEも着信もシカトこきっぱなしで顰蹙(ひんしゅく)買いまくってるはずで、おれの社会的信用はがた落ちなんですけど?」  もしも就活に影響をおよぼすまでに監禁生活が長期にわたることがあれば、負け組に転落するのは確実で、這いあがるのは難しい。ダメージを最小限に食い止めるためには、一秒でも早く元の生活に戻ること。だが、どうやって?  ムキになって鎖を回せば回すほど、昨夜のあれやこれやが瞼の裏に浮かぶ。ショッキングな出来事といった陳腐な表現では、あの衝撃度を万分の一も伝えられない。  一晩における、ひとりエッチの回数が自己最多。その事実が雄弁に物語る。  と、背後で物音がした。振り向くと、床の(きわ)に設けられた例の蓋が閉まるところだ。 「あっ、ちょっと! 警察に通報して! 拉致、監禁の被害者が助けを求めてる、犯人は獣人に扮した変態おやじ……チェッ、スルーかよ」  がちゃり、と外側から(かんぬき)が下りてしまえば押しても引いても蓋は開かない。あとにはピッチャーとグラスが載ったお盆が残っているばかりだ。 「ジュースよか、やけ酒気分だけど。えり好みができる立場じゃありませんしぃ?」  ぼやき交じりにひと口すするはしから、おかわりをグラスにそそいでいた。ベリー系の甘酸っぱさにアーモンド? のコクが加わって絶妙のハーモニーを奏でる。美味しいのはもちろん色合いも綺麗で、SNSに投稿できないのが残念だ。  ややテンションがあがった。と、いっても天窓越しに仰ぎ見る空が翳りゆくまでのこと。檻には照明器具はおろか、蠟燭(ろうそく)の一本すら転がっていない。  志木が暮らすアパートがある界隈は真夜中でもほの明るい。どろりとして厚みさえ感じられる暗闇の中でびくびくしながら暁雲(ぎょううん)が棚引きはじめるの待つのは、一夜限りで十分だ。  きっと太古の記憶が根源的な恐怖を呼び覚ますのだ。いつ夜行性の肉食獣に襲われるかわからない環境で、洞窟に隠れ住んでいた原人のころの記憶が。

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