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第12話

 ベッドの、枕元側の床にしゃがんだ。頭からシーツをすっぽりかぶりなおすと、不安感が少し薄らぐ。相前後して空気が揺らいだ。たちまち総毛立ち、ベッドの陰から恐る恐る顔を覗かせた先に巨軀のシルエットを見いだす。  アルフォンソだ。明るいうちに壁という壁をとっくり調べても、とうとう出入り口は発見できずじまいだった。なのに壁をすり抜けたように突如、姿を現す。おおかた隠し扉があって、今しもそこから忍び込んだ。 「石鹸の残り香が、おまえの居場所を寸毫(すんごう)の狂いもなく教える。隠れても無駄だ、足下に(はべ)って挨拶をするのだ」  隠れ蓑をまとうように、シーツの中で縮こまった。圧に屈するな。志木は自分を叱り飛ばすと、すっくと立った。そして帝王然とした威厳を漂わせて待ち受けるアルフォンソと対峙した。 「刑務所にぶち込まれた気分を味わわさせてくれて、どうも。最高のおもてなしでした、って言っとく。で、ここから出せ」  アルフォンソは銀鼠色(ぎんねずいろ)の美しいマントを羽織っていた。くるぶし丈のそれを巧みにさばいて、安楽椅子に腰かける。  いす取りゲームに負けた形だ。志木はしぶしぶ、物乞いのようなみじめったらしい恰好で向かい合った。 「マジギレする寸前だ。さっさと解放しろ」  と、すさまじい剣幕で詰め寄ったものの、問わず語りに遮られた。 「ごく稀に時空にゆがみが生じて、こちらの世界とヒトの世界がつながる。神隠しと呼ばれる現象を引き起こす原因のひとつが、それだ。わたしの最愛の弟がある日、忽然と消え失せた裏にも摩訶不思議な力が働いていたに違いない」  志木は欠伸を嚙み殺す真似で応じた。 「八方手を尽くして弟の行方を捜していたところ、ひょんなことから弟がどのような災厄にみまわれたかが判明した」 「ダウジングで水脈を捜すみたく、ご立派な尻尾を使って占ったとか?」   ケケケ、と皮肉たっぷりに嗤って返した。その間もぬるま湯をそそがれたように、とろとろと内奥がふやけるふうな感覚が強まっていく。  変だ、おかしい。媚薬を含んだ精油は、きちんと洗い流した。痛みがぶり返すように、再び淫猥な効力を発揮しはじめた──なんて、勘繰りすぎだ。  へたり込むまいと床を踏みしめる志木に引きかえ、アルフォンソは肘かけにゆったりと頬杖をつく。 「放浪のすえナディール王国に流れ着いたヒトの話によって、おまえの世界に張り巡らされた、いんたーねっとというもので違法な売り買いをする珍獣マニアなる(やから)の存在を知った。珍獣とひとくくりに扱われるなど憤懣(ふんまん)やるかたないが、我ら獣人が垂涎(すいぜん)の的であることは想像がつく」  めらめらと怒りの炎が燃え盛るように、尻尾が(くう)を薙いだ。

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