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第13話

「弟は、不運にも珍獣のオークションとやらを主催する組織に捕らえられたのち人でなしに競り落とされて、生き地獄をのたうち回ったあげく非業の死を遂げた──風の便りが伝わってきた。さぞかし無念であったであろう弟の胸中を察するだに(はらわた)が煮えくり返る」 「え……っと、ご愁傷さまです」  琥珀色の双眸がぎらりと光った。志木は思わず、ホールドアップの姿勢をとった。  天窓の格子が残照を浴びてきらめき、やがて闇に搦め取られた。ベッドも安楽椅子も影絵めいていくなか、志木が裸身にまとったシーツの白さが、カラスの群れにまぎれ込んだ白鳥のように際立つ。  親密さが漂うもの、気まずいもの、駆け引きの香りがするもの。沈黙にもいろいろな種類があるが、このとき檻に垂れこめたそれは、表面張力の作用でこぼれるのを免れているコップの水のような危うさをはらむ。  志木は、いっそうシーツにくるまった。肌寒いからというのは建前で、本当の理由は他にあった。  ペニスが、はしたなく変化していくのだ。不吉な予感がして仕方がない場面で、勃つ要素はゼロだというのに、なぜ……?  うろたえ、こっそり舌打ちした。タンクが空っぽになるほど射精()し尽くしてから半日足らず。  しかもアルフォンソと火花を散らすのが正しい状況下で勃起中枢が異常をきたすなんて納得がいかない。檻という環境じたいにアレルギーの症状が出た……ありうる。  おまけに乳首までが腫れぼったい。たぶん空気が〝アルフォンソ〟に汚染されていて、かぶれた。原因は絶対、それだ。  アルフォンソがピッチャーを摑み寄せた。ジュースの(かす)が底にこびりついているだけの、それを。 「無差別に他者を害する連中の常套句『誰でもよかった』。すこぶる便利で、勝手な言い種だ。ひるがえって考えてみるに、この屋敷の庭に卒然として現れたおまえは(にえ)にもってこいだ。すなわち弟をむごたらしい目に遭わせた鬼畜に成り代わって責務を果たさねばならぬ。ゆえに……」  草食獣の喉笛を嚙み裂くさまを思わせて、ちらりと犬歯が覗いた。 「おまえを責め苛む。(いな)は聞かぬ」 「はああ? 人類代表で償えって言いたいわけ? そりゃあ弟さんのことは気の毒だけど、おれで恨みを晴らすのは、お門違いってやつでしょうが!」 「腹いせに無辜(むこ)(たみ)をいたぶるのはヒトの専売特許であろうが。なに、卑劣なやり方に倣うまでのこと」  獅子の耳がぴんと立つにつれて、志木は幻影というレベルを通り越して鮮明な、生きたまま臓物を貪り食われる自分の姿を()た。  臓物……連想が働いて下腹(したばら)がざわめく。厭わしさと期待感をない交ぜに。シーツの一部が棒状にせり出して、妖しい凹凸(おうとつ)が生じる。

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