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第26話

 おそらく隠し扉をくぐった。一万光年の彼方から旅立った乗客が、コールドスリープの装置の中で目覚めたときに真っ先にすること。  志木もまた、大きく伸びをした。外の空気は新鮮で美味しいと、すべての細胞がはしゃぎだす。天窓さえ閉め切られた檻の中はアルフォンソのそれを含めて体液の匂いがこもり、むせ返るようだったから、なおさら。  大地を踏みしめる感覚だって、愛おしい。四二・一九五キロを走りとおすどころか、なつかしの我が家をめざして羽ばたいてゆけそうだ。  現実にはアルフォンソに手を引いてもらい、しかも、へっぴり腰で進むありさまだ。いつ、逃げだそう。そわつき、段差につまずいて、図らずもたくましい胸にすがりついた。パッと身を離したところで、ようやく目隠しが外された。  色彩の洪水が、まばゆい。梢で小鳥がさえずると、ついハミングでハモってしまう。再び陽の光を浴びるのは何十年も先の、いわば獄死したあと。(むくろ)になり果てたのを処分するときかもしれないと、たったひと切れのパンを持て余すことがあっただけに、 「マジに生き返るう。テンションあがってイエ~! な感じ」  あろうことかアルフォンソにハイタッチを求めるほどに浮かれてしまう。まとわりつく羽虫を追い払うふうに尻尾が上下すれば、 「……空気、読めよお」  打って変わって恨み節がこぼれたが。  ところで、たてがみを綺麗に編み込んだ二頭の駿馬が()いているあたり、これは獣人の社会においてはメルセデスベンツに相当するのだろうか。  黒光りする馬車! が待機していた。公爵さま、と馭者(ぎょしゃ)が最敬礼でアルフォンソを迎えるさまからは、そこはかとなく緊張感が伝わってきた。 「公爵って、あんた、お貴族さまだったの」 「現国王の従弟で(まつりごと)にたずさわる」 「ふぅん、どうりで。特権階級の御方にとっちゃ、弟の仇がどうのって屁理屈をこねてヒトを飼うのも、ごっこ遊びの延長なんだ」  この、やりとりを聞いて馭者が尻尾を尻の間に巻き込んで、ぶるると震えた。アルフォンソ・デュモリー公爵閣下を〝あんた〟呼ばわりして首を()ねられても知らないぞ、と言いたげに。  押しやられ、志木はしぶしぶ馬車に乗った。馬車なんて、博物館に展示してあるレプリカを見たことがある程度だ。本物のこちらの内部は紫紺のビロード張りで、紋章を織り出したカーテンが、自動車でいえばサイドウインドウにかかっている。  向かい合わせに配された座席は固くて、正直、パイプ椅子のほうがマシという乗り心地だ。

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