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第27話
にしても、と袖口にあしらわれた貝ボタンをいじり回す。おれに一緒に来い、とは一体どんな気まぐれの虫がアルフォンソに取り憑いたのだろう。座席に落ち着いたとたん立派な耳はぺたりと寝てしまい、雑音を遮断するふうだ。
二頭立ての馬車は、どっしりした門柱を従えてそびえる門を後にすると、石畳の道を軽快に走る。
志木は窓越しに振り返ってみた。木 の間 隠れに白亜の屋敷が光り輝き、なるほど、公爵の住まいにふさわしい豪邸だ。
「間取りは二十LDK、プラス特製の〝檻〟ってとこかよ」
吐き捨てるように独りごちるのをよそに、はとバスツアーめいていく。尖塔を戴く教会、等間隔に並ぶガス灯、運河を小舟が行き交い、円形広場で衛兵が交代式を行う──。
志木は思った。十九世紀末のロンドンにタイムトリップしたみたいだ。車窓の風景すべてが物珍しく、黒目がちの目がきらきらと輝きだす。市場 のそばを、石造りの家が建ち並ぶ通りを、蹄 の音も高らかに駈け抜けた。
狼系、豹系、あるいは鹿系……尻尾と耳の形から、そうと見分けがつく獣人たちが、カフェに集って談笑したり、水煙草をくゆらす。
見渡すかぎり、ヒトはひとりもいない。数の論理がまかり通り、この世界では志木こそが〝珍獣〟だ。
やがて馬車は王都を離れて、四つ辻で停まった。東西南北へ延びる街道が交わる場所だ。
ここでこうせよと、あらかじめ言い含められていたのだろう。馭者 が扉の前に、馬車に乗り降りするための踏み台を置いた。
それを受けて耳がぴんと立ち、
「早くいたせ、降りるのだ」
アルフォンソは顎をしゃくった。
志木は踏み台をぽんと飛び越えて、何歩か進んだ。木箱を屋根に満載した乗合馬車や、ロバが牽く荷車や、背負子 の重みでよたよたと歩く行商が思い思いの方向へ去っていく。
もしかすると〝↑東京〟と彫りつけてあるかも。道標を見つけてドキドキしながら駆け寄り、むむと唸る。アルファベットを思いきり崩したようなこの文字は、いったい何語? ちんぷんかんぷんで、ぜんぜん読めない。やはり、ここは故郷 から遠く隔たったナディール王国……。
と、アルフォンソが傍らに立った。すっ、と薄雲が棚引く稜線を指し示す。
「巷 の流説によると、あの山を越えて歩いて三十日あまり歩いた道のりの先に、ヒトの集落──隠れ里があるという。山賊と出くわして身ぐるみ剝がされぬよう用心を怠らなければ、たどり着けるであろう」
心の中のアルバムをめくるように、遙か彼方へ視線をさまよわせて言葉を継ぐ。
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