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第29話

 ただ、リスクがつきまとう。自ら檻につながれに帰ってきたとの誤解を招いて、倍増しに玩弄される毎日を送ることになるのでは……? 「そうだ、せっかく海外旅行気分なんだし、もうちょこっと探検してみよう、っと」  元の世界に戻れたときに備えて。獣人が統べるナディール王国の探訪記と題して発表したら、ベストセラー間違いなしだったりして。  空は澄み渡り、陽射しは暖かい。これがRPGだと、時空を超えて自在に行き来する火吹き竜を捕らえる方法を魔導士から伝授されて、冒険の旅がはじまるところだ。 「って、現実逃避に走るより、てくてく歩く、てくてく」  街道を外れると麦畑が広がり、エメラルドグリーンの海原がきらめくさまを思わせる。畑の向こう側で、水車がカタコトと回っている。とりあえず、あそこをめざそう。  麦畑の間を縫って延びる、小道をぶらぶらと行く。長閑(のどか)だ。ヘドロがこびりついて、どす黒く染まっていくような身も心も洗い清められるふうだ。 「う~ん、健康的。なんたって黒歴史を更新しまくりの、堕落っぷりでしたし?」  ──おまえのは、わたしのに忠誠を誓い、しがみついて離さぬ……。    嘲笑を含んだ声が、ひょっこり耳に甦った。ぽてぽてからスタスタ、たったかと歩くペースを上げればあげるほど、脳内で再生される科白のボリュームもあがる。  ──(さね)を突きしだかれるのが病みつきになったとみえる。淫汁を洩らしどおしで、はしたない茎だ。性奴の作法だ、(なか)がうねるよう努めるならば、しごいて極めさせてやらぬでもない……。  ひくり、とペニスがもぞついた。 「呪文、そうだ万物消滅の呪文を唱えるんだ。ちちんぷいぷいアルフォンソって誰? よし、これでOK」  エロイムエッサイム忘却の彼方、といけば苦労しない。かえって貫かれながら耳許で囁かれた卑語をはっきりと思い出してしまう。  檻を舞台にヒトの形をした性具と化すよう、あれやこれやと肉体を改造されるに等しい経験を、した。魂に直接、刻みつけられたような鮮烈さで(もっ)て、きっと一生つきまとう。  小道を走り抜けて、水車小屋の前に出た。屋根は赤、羽目板はタンポポ色、と童話の挿絵さながら可愛らしい。これで長靴を履いた猫が出迎えてくれれば、完璧だ。  習慣的に写真を撮ろうとしたものの、スマートフォンは拉致および監禁のドサクサにまぎれてなくしたっきりだ。おまけに小屋の(ぬし)らしい狼系の獣人は立ち去れよがしに、シッ、シッと尻尾を振る。

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