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第30話

 中身はおそらく小麦粉の、麻袋を荷車に積むのを手伝って、お駄賃にリンゴの一個でももらえたらラッキー。なんて淡い期待を抱いた結果が、これだ。  しおしおとその場を離れ、小川に沿って歩きつづけると、向こう岸はぼうぼうと(あし)の原の天下だ。  ひらりと小川を飛び越えて、しゃがみ、せせらぎに足を浸す。ふくれっつらが水面(みなも)に映り、ため息に揺らぐ。 「おれ、平凡な大学生よ? 俺さまな獣人にキズモノにされたあげくポイ! とか、どんな種類の試練よ」  と、ぼやいても葦がそよぐばかり。ようやく自由の身となったのと引きかえに、宿なし、腹ぺこのサバイバルが待ち受けているなんて、おれの人生双六(すごろく)は苦難の連続なのだろうか。大学まで自転車で十数分の、独り暮らしのアパートで布団にくるまって、就活の情報収集に励んだ日々がなつかしい……。  日が西に傾くにしたがい、心細さがつのりゆく。衿をかき合わせて縮こまった。異世界にぽんと放り出されたという寄る辺なさでは、途方に暮れるのは当然だ。憎んで余りあるアルフォンソでさえ、いないよりマシという程度にはそばにいてほしい。  ──美肉(うまじし)をくじられるだけで達するコツを摑めば、一から仕込んでやったわたしに感謝するであろう……。  そう、うそぶいてイチモツを懸命に食みくだく後孔を尻尾でつついてくる、ド助平の自己チュー男。過去イチ性格がねじ曲がっているやつと縁が切れてすっきりした、はず。  なのに、変だ。人質が籠城犯に好意を抱くに至る、心理状態を指してそう言うストックホルム症候群の一種なのかもしれない。  あるいは躾と称するものの後遺症だろうか。冷たい光を宿す琥珀色の双眸が、無性に恋しい。  ヒトの集落があるという、今は霞がかっている山を眺めやった。王都のほうへ(こうべ)をめぐらせた。街の方向を振り返った。二択だ、どちらへ向かうべきだ? 「助け合いの精神で、ヒトは、ヒト同士でまとまって暮らすのが最適解なんだけど……」  集落そのものが幻の、とつく類いの代物(しろもの)だ。一か八かに賭けるか否か、川面(かわも)をたゆたう笹舟のように心が揺れる。  と、麦畑ががさついた。複数の足音と話し声が夕焼け空にこだますると、心臓がバクバクして手汗がすごい。  志木は、ひと(むら)の葦の陰にうずくまった。農夫が小川に(くわ)でも洗いにきた。たぶん、そんなところでビクビクすることじたい馬鹿馬鹿しい。交渉しだいでは、一夜の宿にありつけるかもしれない。

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