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第34話

「わたしから薫陶を賜るべく勉学中の身でありながら誰彼かまわず柔肌をさらすとは、けしからぬ。淫奔な性質(たち)は性奴の品位を損なう。矯正せねばなるまい」 「薫陶!? 小汚いデカマラを突っ込むのの何が薫陶だ、正当化するな、いっぺん死ね!」   そう、すさまじい剣幕でまくしたてても、アルフォンソは眉一本動かさない。それどころか切り裂かれたシャツをはぐって乳首をつねると、大げさにため息をついてみせる。 「たまに手綱をゆるめてやれば、うろつき回って一向に戻ってこない。あげく不逞の(やから)と乳繰り合う始末。おまえには帰巣本能が具わっておらぬのか」 「『達者でな』。あんたが、ほざいたくせして。厄介払いみたく、おれをおっぽり出したくせして、耄碌(もうろく)して忘れたのか!」  言いつのるうちに、くやし涙がにじんできたのが尚更くやしい。力任せに尻尾を引っぱりざま身を翻し、向こう岸に渡って、そこで気がついた。(あし)の原と地続きにこんもりと丸みを帯びはじめる、小高い丘の上に馬車が()まっている。  もしかするとアルフォンソは馬車にもたれて高みの見物と洒落込んでいた? い~らないと、いちどは捨てた玩具でも、ちょっかいを出してくるやつが現れると未練が湧いて取り返しにきた?  ヒーローぶって恩を売っておいて、のちほど志木に淫弄の限りを尽くす、という目論見のもとに。俗にマッチポンプという。放火犯でありながら、いち早く現場に駆けつけたふうを装って消火に努め、称賛を浴びてほくそ笑むように。 「散歩は終わりだ、屋敷に帰るぞ。きびきび歩くのだ」  囚人を護送するように、丘のほうへ急き立てるのを足を踏ん張って抗う。すると、ふさふさの耳が焦れったげに反った。そしてアルフォンソは実力行使に出る。うずくまって動かない志木をふたつ折りに肩に担ぎあげると、 「帰らない、帰るもんか、おれはヒトの集落へ行くったら、行く!」  ぴしゃりと尻を叩いて黙らせるとともに、大股で丘を登りつめた。  暮れ残りの空を宵の明星が彩る。対する馬車は忠実な家来のように、ひっそりと(あるじ)が戻るのを待っていた。  アルフォンソがうなずきかけたのを受けて、馭者(ぎょしゃ)が扉を開け放った。それを機に、志木はやっとズダ袋のような扱いをやめてもらえた。  アルフォンソは後ろ手を組んで、ゆったりとたたずむ。有無を言わさず志木を押し込んでしまえばあっさりカタがつくのに、敢えて素知らぬふりに徹する。あくまで鷹揚に自主性にゆだねてみせる──表面上は。 「……心理戦に持ち込むとかマジにあくどい。一周回って尊敬するわ」  黒い瞳が挑発的に光る。ここで屈服するということは、すなわち従順な性奴となるべく与えられた課題をこなす、と宣誓するということ。  自らプライドを安売りするなんて、御免だ。  志木は後ろ歩きでじりじりと、坂道を下りながら振り向いた。麦畑は灰色にくすみはじめ、(うね)の間から妖魔の類いが今にも這い出してきかねないような雰囲気を漂わせる。  あるいは夜陰に乗じて跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する殺人鬼がひそんでいるかもしれない。  気持ちがぐらついたのを見透かしたタイミングで、アルフォンソが扉へ尻尾をひと振りした。  志木は野ぶどうの葉を引きちぎり、投げつけた。天秤のイメージが浮かぶ。プライドという錘が載っている片方の皿に重みが偏っていたのが、コウモリの影がよぎるにつれて、徐々にもう片方へ傾いていく。  いまいちど尻尾を振って急かすのを、キッと睨み返した。絞首台にのぼる気分で、それでも肩をそびやかして馬車に乗った。

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