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第5章 つれ戻されて
第5章 つれ戻されて
馬車の両角から吊りさげられたランタンは、ヘッドライトにあたる。それが行く手に黄ばんだ光を投げかけるなか、馬車は丘を下り、街道と交わる手前で、
「どうどう」
馭者 が手綱を引いた。デクレシェンドと楽譜に指示があるように、車輪が小道を転がり叩く音がだんだん弱まっていき、やがて秋虫の鳴き声に取って代わられた。
蹄鉄 が外れるなどのトラブルが発生したのだろうか。獣人の世界にも、馬車が故障したさい駆けつけるJAFみたいなロードサービスが存在したりして。
志木は皮肉な笑みを浮かべた。窓に張りついて、おぼろに照らし出される風景に瞳を凝らしながら記憶をたぐる。
王都は確か……北極星の位置から言って方角的に東。数メートル先の丁字路を曲がり、しばらく街道を走って、そうだ。昼間のルートを逆にたどる形になるわけだから、次第に街の喧騒が伝わってきはじめるはず。煌々と輝く、というレベルには程遠くても、ガス灯の明かりは夜目が利かないヒトの味方だ。
もちろん〝檻〟に戻る気なんか、さらさらない。馬車が街角に差しかかって速度を落とした瞬間を狙って飛び降りて、あとはひたすら逃げるだけ。アルフォンソが地団太を踏むさまを拝めないのは残念だが、一文無しの悲しさであの世へまっしぐらかもしれないが、スカッとするのは確実だ。
と、嘆かわしいと言いたげに、金褐色の耳がやや垂れた。
「躾の成果のほどを図るべく、野に放ってみた結果は惨憺 たるものだ。おまえがほっつき歩いていたばかりに、無駄に時を費やした。わたしを落胆させた罰を与えねばなるまい」
「おれのせいにするな。デカい図体してるくせに責任転嫁とか、器 がちっちぇえ」
このとき、ふたりは向かい合って腰かけていた。アルフォンソが長い足を持て余し気味に投げ出しているぶん、自然と志木のそれに密着する。
ある面、愛を語らうにもってこいのシチュエーションだが、ぎすぎすした空気が流れても甘やかな雰囲気が醸し出されるわけがない。
現にアルフォンソは暴君にふさわしい行動に出る。下着とひとまとめにズボンの前を開いて、命じた。
「銜えて、達するまで奉仕するのだ。下賤 の者とじゃれ合って性奴の価値を下げるなど、もってのほか。反省している証しに励むがよい」
「な……っ!」
秒で血液が沸騰した。志木は怒りに任せてアルフォンソに躍りかかり、しかし、ひゅんと唸った尻尾でいなされた。天井は低い。まともに頭をぶつけて、座席と座席の間に崩れ落ちる。冷ややかな眼差しを向けられてたじろぎ、それでも怒鳴り返した。
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