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第36話

「ふざけんな、フェッ……」  口にするのもおぞましくて言いよどむ。 「フェラしろとか、断固拒否する!」 「ふぇら……とは、なんのことだ」  スルーしてほしい部分を掘り下げてくれるのは、確信犯だろうか。、きょとんとしてみせるのも悪辣な演技のうちなのかもしれない。 「だ~から、フェ……は、つまり」  ぷいと横を向くさまから察したふうだ。 「なるほど、ヒトの世界における口淫の名称なのだな。ひとつ勉強になったと言っておこう。さておき、幾度となく菊座に迎え入れて、さんざん啼いておきながら今さらカマトトぶっても通用せぬ」    こころもち上体を前に倒し、残忍さを秘めた猫なで声で言葉を継ぐ。 「逆らうも一興。生殺与奪の権を握っているのは、わたしだ。ちなみに躾ける方法は、よりどりみどりであるぞ」  そう、含み笑いで締めくくると、馭者(ぎょしゃ)席との間を仕切る小窓を指の背で叩く。  自動車が急発進したさい同乗者がシートベルトを締め終えていなければ、不意にGがかかったせいでダッシュボードに叩きつけられるのは必至。  いわば、それと同様のことが起きた。いきなり馬車がギャロップで走りだした瞬間、志木は折悪しく中腰になったところだ。いきおい、よろけて座席の間から這い出しそこねる。  アルフォンソが書いた脚本通り──に。  建付けの悪い引き戸を無理やり閉めるのと原理は同じだ。ぐぐぐ、と両の肩を下向きに押されて、たまらず膝をたたむ。  命令に従うに最適なポジション──銜えやすいよう、ひざまずく形におさまった。  しかも揺れを利用して、イチモツが口許に突きつけられる。虫唾が走った。もちろん、口を真一文字に結んで拒む。  だが、アルフォンソは反抗の芽を摘むのは〝教育の基本〟と位置づける。絵筆に見立てた穂先で、それの輪郭を写し取るように唇をなぞる。  志木は精いっぱい、のけ反った。もっともミリ単位とはいえ、遠ざけるはしから力ずくで引き戻してくれる。うっかり罵ったが最後、思う壺にはまるのはわかりきっていて、ただ()め返す。  するとドライバーをねじ込んで牡蠣(かき)の殻をこじ開ける態で、ますます結び目に押しつけてこられた。  街道沿いの木立も家並(やな)みも、闇という衣をまとう。車窓の風景がモノクローム映画めくなか、唇を巡る攻防戦を繰り広げる。  ゲームの難易度が上がればあがるほど、クリアしたときの達成感は大きい。強情っ張りを自分色に染めるのが躾の醍醐味とみえて、イチモツが勃ちあがっていく。

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