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第40話

 舌が疲れた、顎がだるい。愛情が根底にあれば無理難題を吹っかけられても、我がままな面も愛おしいと、うっとりしてしまうのか。 〝たら・れば〟をこね回すのはナンセンスだ。憎しみに凝り固まった心に恋情に準じる何かが芽生える日など、永遠に訪れっこないのだから。  一方で、もらい泣きの親戚と呼びたいような奇っ怪な現象が起きる。一体全体カラクリなのか、いつしかペニスが萌した。  それは大学を首席で卒業する以上に現実味にとぼしい出来事だ。フェラチオという行為じたい自分史上ワーストスリーに入るもので、今すぐ消毒薬の原液でウガイをしたいほど気持ち悪い。それでいてペニスは、瞬く間に包皮を脱ぎ去る。  口を犯されるのを愉しんでいるように。 「ん……あ、む……」  志木は恐る恐る視線を下にずらしていった。そして自分自身に裏切られたようなショックを受けた。  願望を込めて気のせいだと思っていたが、ズボンの中心は明らかに突っ張っている。頭の中を疑問符が飛び交い、現実逃避めいて、ねっとりと幹を舐めあげてしまう。しかも花芯まで甘やかにざわめきだすありさまで、誤作動を起こしました、では説明がつかない。  なお悪いことにズボンは、いわばストレッチ素材の下肢にフィットするやつだ。夜目が利くアルフォンソにしてみれば、きっと浅ましい変化はレントゲン写真並に見て取れる。  シャツの裾でカムフラージュしようと、のめった。もっとも却って、やましいものがあると白状しているのと一緒だ。 「口淫一辺倒では物足りないのであろうが」  ブーツを履いた爪先が、足の付け根にもぐり込む。ぴくり、と口をもぎ離しかけるのを、谷間の線をなぞって制する。 「奥の、さらに奥まで暴いて精をそそいでください……せがみたくて、うずうずしているのであろうが」  バッカじゃねえの、と切って捨てる意味でとやり返す。そのくせ「奥まで」は最強の呪文のよう。いちだんとズボンの前がせり出す。  もぞもぞとイチモツを持ち替えた拍子に、それはまぐれ当たりだ。くびれを半周する形で、ずるりと舌がすべった。図らずも頭上で呻き声が洩れて雫がしみ出す。  独特のえぐみも相まって、 「……ん、ぅ、んん」  眉根が寄るにもかかわらず、乳飲み子のようにちゅうちゅうと吸ってしまう。  アルフォンソが小窓をノックすると馬車が停まった。池の(ほとり)だ。馬を休ませがてら馭者(ぎょしゃ)にもひと息入れることを許す。  微かな水音が、ガラガラ、カツカツと、けたたましい走行音に取って代わった。星明りを浴びて、夜露が水晶のきらめきを放つ。

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