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第4話
毎週木曜日、会社が主催する宅地建物取引士の講習が行われる。
就業時間の15時から18時まで、本社の会議室で実施されるこの講習には、資格未取得者10名と俺たち新卒10名が参加していた。
席は新卒が前列、その他が後列という配置だ。
しかも、同じメンバーで受けているうちに、ほとんど固定席になっていた。
宇井の隣はいつも久住だが、今日は俺が座っている。
「宇井、先週のノートを見せて欲しいなあ。出席できなかったからさ」
無言の宇井。
あからさまに機嫌が悪い。
「宇井のノート、すごくわかりやすいって久住から聞いたんだよ。だから今日は席を交換してもらったんだ。ダメだった?」
「……持ってきてない」
「そっか、じゃあ来週見せてよ」
「来週も隣に座るから」という意図が伝わったのか、宇井の肩がぴくっと反応する。
時間になり、授業が始まる。
俺は隣の宇井を盗み見た。
黒猫か。
言い得て妙だ。
ホワイトボードを見るのに顔を上げ、ノートをとる時は下を向く。
宇井の動きに合わせて、黒髪がさらさらと移動する。
触れてみたいと思った。
授業が始まり、90分後休憩時間に入る。
廊下でみかけた宇井は社用スマホで電話をしていた。
「すみません……はい……講習終わったら戻ります」
池袋事業室からの連絡らしい。講習が終わったら会社に戻るみたいだ。
それは、ちょうどいい。
講習後、宇井が急いで帰ろうとしているのを見て、俺は声をかける。
「宇井、池袋に戻るんだろ? 俺の家、そっち方面だから一緒に帰ろうよ」
無言の宇井。
何か言いたそうにしているが、結局何も言わない。
会社を出て、駅に着くまで、宇井は話しかけるなオーラを出していた。
まるで毛を逆立て警戒している黒猫だ。
可愛くてしょうがない。
意識していないとニヤけてしまいそうだ。
電車の中で、俺に背を向け、吊革に捕まっている宇井は、思ったより小さかった。
178㎝の俺より10㎝は小さいだろうか。
俺は覗き込み、話しかける。
「宇井、家は千葉の方だよな。池袋に通勤するの大変じゃないか?」
「……久住に頼まれたのか?」
宇井が鋭く睨みつけてくる。
ようやく目が合った。
「俺が宇井と話したくて頼んだんだよ」
「なんだそれ……知ってるよ。俺がみんなに嫌われてることくらい」
苛立ちを隠さない。
「『地雷同期』って馬鹿にされてることも知ってるから」
「俺はむしろ久住が羨ましいよ」
「……バカにすんな」
「バカになんかしてないよ。宇井にそこまで好かれてるんだから」
威嚇されながら、俺は続ける。
「グループチャットで二人の喧嘩を見て、気になったんだ。どうしてそんなに人を好きになれるのか。宇井と一緒にいれば、その理由がわかる気がするんだ」
俺は宇井の顔をじっと見つめる。
「久住のどこがそんなにいいの?」
「久住じゃなきゃダメなのか?」
「久住の前は誰を好きだったの?」
「うるさいっ!」
質問を立て続けにぶつけると、宇井は声を荒げた。
「俺だって……好きでこんなんじゃないっ!」
「俺にしなよ」
「面白がってんだろ!」
「面白がってないよ。俺はただ、宇井のことを知りたいんだ」
「……お前は無理」
即答だった。
「本当に俺じゃダメか? わかるように説明してほしいな。そしたら、諦めるよ」
宇井は言葉に詰まる。
どうやら説明が難しいらしい。
「説明してくれなきゃ、俺も諦められないだろ」
そして俺は思いついた。
「一ヶ月、試してみるのはどう? 俺のことを知ってもらってから、判断してほしい」
自分でも、いい提案だと思う。
「いい考えだろ? そういうことで、決まりな」
俺は宇井が持つ吊革上のパイプを掴み、距離を詰めた。
宇井を逃さないように。
「お、おい、近い! どけよ」
「返事は?」
周囲の視線を気にしているのか、宇井は渋々頷いた。
「後悔すんなよ」
「じゃあ、7月の同期会の日までにしよう。その日は必ず会うし、そのときに目を見て返事してほしい」
宇井の顔を覗き込み、続けた。
「俺宛のメッセージはグループに送らないでね。俺と宇井の時間は、他の誰とも共有したくないから」
顔を赤らめた宇井。
照れているのか、それとも怒りを抑えているのか、どちらにしても可愛い。
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