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第6話

“お試し期間”が始まって一週間。 あれ以来、宇井からの連絡は一切なかった。 俺の「おはよう」や「おやすみ」も既読スルーされるばかりだ。 なぜ、連絡をくれないのか。 まだ、久住に連絡しているのか。 今、宇井は何をしているのか。 考えても答えの出ない問いが、浮かんでは消えていく。 毎月恒例の同期会。 今回は、新橋にある大衆酒場だ。 通されたのは座敷席。 テーブルは二つ、横に並んでいる。 宇井と久住は遠く離れて座っていた。 星たちが気を使って席を配置してくれたのだろう。 周りは中年サラリーマンばかりの店で、女性が好むような雰囲気ではない。 案の定、店を決めた鈴木原が女性陣から、特に市場から文句を言われている。 「鈴木原くん、こんなおじさんくさい店選ぶなんて〜! 芳賀くんに似合わないでしょ~!」 「悪かったな、オヤジで。でも、ここは旨いんだぞ」 鈴木原潤は俺と同じ銀座オフィス勤務で、大学時代はアメフト部だったらしく体格が良い。 「焼き鳥は絶品だ。みんなに食べてもらいたかったんだ」 「俺は好きだよ、こういう店」 「芳賀くん、優し〜い! 尊い〜! 同じ時代に生まれてきてくれてありがとう〜!」 「おお! やっぱり芳賀はわかってくれると思ったぞ!」 ガシッと肩を組まれ、鈴木原の力で激しく揺さぶられる。 軽く脳震とうを起こしそうなほどの馬鹿力だ。 「芳賀くんが穢れる! 鈴木原くん、シッシッ~」 「俺の扱い、雑すぎるぞ」 鈴木原は気を取り直し、メニューを掴むと「焼き鳥盛り合わせを10皿頼むぞ」と張り切って注文をしようとする。 「待て、そんなには食べきれない!」と海藤が急いで制止する。 テーブルには次々と料理が運ばれてきた。 鈴木原の言う通り、どれも旨い。 俺はタイミングを見計らい、宇井の隣に移動した。 彼は相変わらずスマホをいじっている。 「酒が進んでないね。ビールが苦手だった? 他の飲み物にする? メニュー見ようか?」 「これでいい」 「さっきから何見てるの?」 「……SNS」 「SNS見る時間はあるんだ。俺には連絡くれないのに」 「……SNSやってないんだな」 「興味ないからね。俺のSNS探してたの?」 宇井は黙り込む。 「何が知りたいの?」 「別に」 「探すより、俺に直接聞いた方が早いよ」 「人は都合が悪いことを隠す。SNSは隠せない」 「隠さないよ。試してみる?」 宇井は少し考えてから口を開いた。 「どこ住み?」 「茗荷谷」 「実家は?」 「桜新町」 「世田谷区か……やっぱお坊ちゃまなんだな」 「なんだそれ。祖父母はすこーし金持ちだったけど、親父は普通のサラリーマンだよ」 「お、お前みたいなのをスパダリって言うのか?」 宇井がぼそぼそと呟く。 聞き取れない。 その時、市場と星が俺たちのテーブルに移動してきた。 「芳賀くん、焼き鳥食べる〜?」 「宇井くんも、食べて食べて」 「俺……トイレ」 宇井は逃げるように席を立った。 「宇井くん、トイレは突き当たり右だよ、右」 「……ありがと」 宇井が席を立つと、市場が焼き鳥が乗った皿を目の前に差し出してきた。 「芳賀くんと焼き鳥~! うん、いい~! 食べて、食べて~」 「これ、もらおうかな」 「はぅ〜! 芳賀くんに食べてもらえてよかったね〜!」 「芳賀くん、どれ食べた?」 「ハツかな」 「ハツだって。ななせちゃんもハツ食べな」 「推しと同じもの食べれるなんて幸せ~ キララちゃんありがとう~ 美味しい~」 市場の推し発言にも慣れてきた。 宇井を待っていたが、戻ってきた彼は俺を無視して別のテーブルに行こうとしている。 俺が声をかけるより早く、鈴木原に掴まった。 「宇井、全然食べてないじゃないか。ここに座って、もっと食べるぞ!」 「た、食べてるっ」 無理やり食べさせようとする鈴木原に、時舘が間に入って「鈴木原くん、宇井くんは鈴木原くんみたいに食いしん坊のどら猫じゃないんだから」とたしなめた。 ここまで和やかムードで進んでいたが、鈴木原のひと言で一変した。 「宇井と久住、ここで仲直りするぞ!」 一気に静まり返った。 緊張感が走る。 「何があったかよくわからんが、喧嘩両成敗だ。お互い謝れ」 「鈴木原、状況がわかってないのに口挟むのやめてくれ。俺は謝るつもりはない。謝る理由もない。悪いのは全部宇井だ」 久住の言葉に、場の空気はさらに重たくなった。 「ちょっ、久住くん! 言い方!」 「わかった。なら俺達に謝ってくれ。グループチャットで喧嘩したんだ。みんな心配したぞ。迷惑かけたんだから、筋を通せ」 「鈴木原、落ち着けって」 「俺が悪いのか! 違うだろ! 全部アイツが、宇井が――」 「ストップ!」 俺は声を張った。 柄ではないと思いながら、これ以上宇井が追い詰められるのを黙って見ていられない。 俺は一呼吸置いた。 「みんな、飲みすぎた? 他にもお客さんいるよ」 俺は久住と鈴木原に話しかけた。 「久住、鈴木原は久住と宇井のことを心配してるんだよ。俺たちも心配してる。それだけはわかってほしい」 「鈴木原、俺たちの気持ちを代弁してくれてありがとう。でも、2人のことは周りがどうこう言うことではないと思う」 「そうだな。頭に血が上ってしまったぞ。悪かった」 「いや、俺も……」 「飲みなおそう――」 「ごめん、帰る」 「宇井っ!」 間に入って何とか場を収めようとしたが、宇井は立ち上がり、逃げるように店を出て行ってしまった。 くそっ! 内心、久住と鈴木原に毒づく。 「心配だから、様子みてくる」 「う、うん。お願い。こっちは任せて」 星たちに見送られ、俺は宇井を追いかけた。

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