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第10話
芳賀が玄関ドアを開けた瞬間、俺は謝った。
「急に悪い」
帰ってきたばかりだったのか、ワイシャツ姿のままだった。
芳賀が返事をする前に、姉が顔を出す。
「どうもー こいつの姉です」
「初めまして、芳賀です。上がってください」
「いいのいいの。アタシはこれで帰るから。コレよろしく。今日も泊めてくれる」
姉は帰り際「弟をよろしくねー」とひらひら手を振った。
「なんか、ごめん」
「いいよ。俺も宇井に会いたかったし」
俺たちはソファに座り、少しの沈黙が流れた。
「話があって――」
「どうしたの? 木曜の同期会のこと?」
違う。
「宇井は心配しなくていいよ。俺が――」
「話を聞け!」
芳賀の顔を両手で挟んで、俺に向ける。
驚いた顔の芳賀と目が合い、言葉が詰まる。
「……つ、付き合ったとして」
「うん」
「お、お前は俺で……その……た、勃つの?」
芳賀の目が大きく開く。
俺には困惑しているようにみえた。
やっぱり勃たない!?
そもそも、付き合うってそう言う意味じゃなかった!?
「か、帰る!」
「待って」
芳賀は立ち上がった俺の手首を掴み、引き留める。
「宇井が俺とのこと真剣に考えてくれたこと、すごい嬉しいよ。ありがとう」
「お、おう」
「俺たちもう付き合ってるね」
「違っ」
「違うの?」
「そもそも、好きだって言われてない!」
これでは催促してるみたいじゃないか。
慌てて否定する。
「言ってほしいとかじゃないから!」
くそっ。
恥ずかしい。
俺は俯いた。
「言ってなかったね……宇井のことになると余裕ないな、俺……」
俺は芳賀に促され隣に座りなおす。
「宇井が好きだよ」
じわじわと熱が這い上がり、鼓動が早くなる。
嬉しさと恥ずかしが同時に込み上げる。
俺は膝に顔を埋めた。
「宇井?」
「ちょっ……たんま!」
「わかった」
芳賀は俺が落ち着くまで頭を優しく撫で続けてくれた。
「なあ、芳賀……俺、正直怖いんだ」
思い切って言葉を口にする。
「どうしたの?」
芳賀は優しく促すように尋ねてくる。
「……お前と付き合うのも、男同士のエッチも……全部初めてだからさ。俺が変なことして、お前をがっかりさせるんじゃないかって思うんだ」
言葉にしてみたら、少しだけ気持ちが楽になった。
芳賀は、しばらく黙って俺の話を聞いていた。そして、ふっと笑って言った。
「俺も同じだよ。宇井といるの、初めてのことばっかりで、正直不安なこともある」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
「でもさ、不安でもいいんじゃない? 俺たち、これから一緒に学んでいけばいいんだろ?」
芳賀の言葉は、まるで背中を押してくれるようだった。
「……ああ、そうだな」
俺は自然と笑って、芳賀の肩に頭を預けた。
一歩踏み出したら、思ったよりも簡単だった。
俺たちは、不安も全部抱えたまま、それでも少しずつ前に進んでいくんだ。
「……ありがとな、芳賀」
「どういたしまして」
「今度、ベッド買いに行こう」
「うん」
芳賀は俺の頭を優しく撫でながら、変わらない笑顔を向けてくれた。
その笑顔を見て、俺はようやく、自分の気持ちに素直になれた気がした。
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