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アヴァールとリュゼ
「いってらっしゃい、気をつけて行ってきてね、お父さま」
ドアを開けて、ジャンティーは出かけていく父の背中を見送った。
そんな兄を尻目に、アヴァールとリュゼはさっさと家の奥へ引っ込んでいく。
アヴァールとリュゼは共同で使っている自室に戻ると、2人して愚痴をこぼしはじめた。
2人の甲高い声が、狭い部屋をじわじわ埋めていく。
狭い部屋といっても、それはさほど広くない部屋に豪奢なベッドを2台も置いているせいだ。
家が破産したとき、シャルルとジャンティーは、少しでも足しになればと大半の私物を売りに出したが、アヴァールとリュゼは「このベッドじゃないと嫌」と断固拒否し続けたのだ。
「お兄さまったら!いつもいつも、ああやっていい子ぶっちゃって!本当に腹が立つわ!お父さまもお父さまよ。なによあの呆けた顔は!えこ贔屓が過ぎるんじゃないの?元をたどれば、お父さまの甲斐性が無いのが悪いんじゃない!それでこんな汚くて狭い家に住むハメになったんじゃない!!」
ベッドに腰掛けたアヴァールが、イライラした様子で爪を噛む。
「お兄さまもお父さまもお前たちも少しは手伝えー、なんてうるさいったらないわよねえ。わたしたち、家事をする必要なんてないじゃない。お金のある男の人と結婚してしまえば、家事なんて使用人にさせれば済む話だもの」
リュゼはドレッサーに座ると、高価な化粧水をたっぷり手に取って顔に塗りつけた。
このドレッサーもなかなか大きいものなので、結構に場所をとっている。
「ホントにそうよねえ!でもまあ、お兄さまは男だもの。結婚して出ていくなんてことできないし、関係ない話だわね。それなら、別にいいんじゃない?家の切り盛りはお兄さまにまかせて、わたしたちはいい人を見つけましょうよ。いいところに嫁いだら、こんな家はさっさと捨てて贅沢三昧よ!!」
アヴァールはホッホッホとバカにするように笑った。
「ふふふ、それもそうよねえ」
リュゼもそれに同調して、クスクスと嘲笑う。
そんな妹たちのやりとりなど知るよしもなく、ジャンティーは夜店の荷運びの仕事に出かけていた。
これまた、今度はいつ呼ばれるのかもわからない日雇い仕事だが、今日のはとびきり給料がいい。
おまけに、雇い主は実に太っ腹な人で、余った商品を分けてもくれた。
──これでお父さまとアヴァールとリュゼに、美味しいものでも食べさせてやりたいな。それと、お父さまには新しい服と鎮痛剤も買っておかなくちゃ。お父さまったら、ぼくの服を気にしてたけど、自分のものだってボロボロだったし……
仕事を終えた帰り道、ジャンティーは給料が入った袋を手に、これから何を買うか考えていた。
ちょうどその頃、仕事を終えたシャルルは困り果てていた。
土産にと頼まれた薔薇の花を探すのは、思ったよりも困難だったのだ。
考えてみれば、いまは冬の真っ只中。
どこの店を探しても、どこの花壇を探しても、薔薇の花なんて一輪も咲いてはいなかった。
そんなシャルルに、さらなる悲運が訪れる。
気温が下がってきて、雪まで降り始めた。
それがだんだん強くなっていき、やがては吹雪に変わっていく。
横殴りに降りしきる雪の中、冷たく凍った強風に何度もよろめきながら、シャルルはなすすべもなく森の中をさまよっていた。
──ああ、どうしたものだろう…
霞む視界の先、シャルルは行く手の先にぼーっと大きな古城がたたずんでいるのを発見した。
どうしたことかと迷いはしたものの、もう足は冷えきって棒のようになっていて、お腹の中は空っぽだ。
シャルルは決心して、一夜の宿を求めるべくお城のほうへと向かっていった。
そうすると不思議なことに、森の中で複雑に絡み合っていた木々の枝や蔦がひとりでにほどけていき、自然と道を開けていく。
吹雪に邪魔されながら、歩きやすくなった道を辿っていくと、硬く閉ざされた鉄の門扉に出迎えられる。
さらに不思議なことに、その鉄の門扉が何の前触れもなく勝手に開いた。
その先には、何十年も何世紀も経たような壮麗な古城が、玉座に座る王のように厳かにドンと建っていた。
そのあまりの物々しさに、シャルルは圧倒されそうだった。
門内に入って石段を上がり、城の前まで足を踏み進めていけば、またしてもアーチ型の鉄の扉が勝手に開いて、シャルルを迎えてくれた。
おそるおそる入ってみれば、石造りの回廊がはるか奥のほうまで伸びていて、その先はまったく見えない。
なんとかそこを通り抜けて、大理石の階段を上がっていくと、暖炉の火が暖かく燃えている大広間に出くわした。
広間の真ん中にドンと鎮座した大きなテーブルの上には、陶器の大皿に盛られた、見るからに美味しそうなご馳走がたくさん並べられている。
どれもつい先ほど作ったばかりかのように、湯気が立っていた。
いったいここは誰の住居なのだろうか。
さっきからの不思議なできごとは、何を意味しているのだろうか。
考えているうちにシャルルは不安になってはきたものの、空腹と疲労が極限に達しているいまでは、そんな疑問と向き合う余裕さえもなかった。
シャルルは無我夢中でテーブルまで向かっていき、きれいに並んだご馳走を次々に平らげていった。
「……ごめんくださいませ。どなたかいらっしゃいませんか?」
翌朝に目が覚めて、無断で泊まって飲食したことを謝罪しようと、この城の主を探してあちこち呼びかけて回ってはみたが、返答はいっさいない。
ここは無人の城なのだろうか。
だとすれば、あのたくさんのご馳走はいったい誰のためのものなのか。
あの燃えさかる暖炉はいったい誰がつけたのか。
だんだん気味が悪くなったきたシャルルは、もうここから去ってしまおうと、玄関先まで走っていった。
しかし、門のそばまで来たときに、思わず足を止めた。
門の脇に広い花壇があり、真冬だというのに、そこにきれいな赤い薔薇が咲いているのを発見した。
結構に目立つところに咲いていたが、昨夜は吹雪で視界が悪かったから、気がつかなかったのだ。
「おお、なんてありがたい…」
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