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鏡の中

そんなジャンティーの心情を察したのか、ある日、野獣はジャンティーを別室のひとつにある等身大の鏡台の前まで連れていった。 「これを見てごらん」 野獣が、床まで垂れるほど長いビロードの覆いをバッと取り除いた。 その言葉に応じて、おそるおそる鏡を覗くと、驚いたことにそこにシャルルの姿が見えた。 いま、仕事から帰って部屋で着替えを済ませたばかりのようだ。 窓の外を所在なげに眺めながら、哀しそうな顔でため息をついている。 ただでさえ歳を取ったと思っていたのに、その顔にはさらに見るも無残な孤独と絶望感が刻まれている。 「ああ、ジャンティー…どうしているんだろう……もう生きてはいないのか、もし生きているなら、せめて便りだけでも出してはくれないだろうか……」 もうそばにはいない長男坊に向かって、シャルルは呟き続ける。 そしてつぎに、アヴァールとリュゼの姿が映し出された。 2人は今日も華やかに着飾り、ドレッサーの前でパーティーに出かける用意をしていた。 こんなときでも2人は、とジャンティーは呆れかえったが、3人とも無事で生きていることに限っては素直に安心できた。 しかし、その安心も次の瞬間には見事に砕け散ってしまう。 アヴァールが口を開いた。 「ああ、せいせいしたわね!目の上のタンコブが居なくなってくれたもの」 「ホントホント。どうしてお兄さまばかりがチヤホヤされるのかしら。顔がいいだけの成金だけじゃ飽き足らず、こないだ遊んだ男爵さまも子爵さまも、わたしよりお兄さまのことばかり聞いてくるし…いままでそれだけが#癪__しゃく__#の種だったわ!」 リュゼが帽子を選びながら、楽しそうに話す。 「つくづくそう思うわね、リュゼ。いったいお兄さまがどれだけ感心な人だというの?わたしたちだってお父さまの子どもなのに。わたしたちだってもっと愛される権利はあるわよねえ?」 アヴァールが高価な香水をシュッシュッと吹き付ける。 瓶の中に、香水がまだたっぷり入っているのを見るに、また新しいものを買ったようだ。 「どっちみち、お兄さまはもうとっくに野獣に食べれてしまっているわ。どんなに苦しんだでしょう?ねえ、お姉さま」 「いつもは澄ましてるお兄さまも、さすがに我慢できなくてギャーギャー泣き喚いたんじゃないかしら?」 「ほほほほ!それを考えたら、嬉しくてたまらないわ!これまでわたしたちに散々不愉快な思いをさせて、お父さまにあんなに心配をかけた罰だわ。当然の報いよ!!」 アヴァールとリュゼの高笑いが、部屋いっぱいに響き渡る。  ───────────────────── ジャンティーの顔がショックで青ざめていくのを、野獣はジッと観察していた。 これまで、妹たちをわがままでどうしようもない子たちだと思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。 自分がいなくなったことを心底喜んでいるなんて、自分が野獣に食われる恐ろしい最期を想像して笑い合っているなんて…… これが、血を分け合った2人の妹なのだろうか。 「見たくはありませんでした…」 ジャンティーはその場に立ち尽くして、ぽつりと呟いた。 「どうして、こんなものをぼくにお見せになるんです?知らないままのほうがよかった。そのほうが、まだぼくは幸せだったのに……」 ジャンティーは、野獣に向かって嘆いた。 「ああ、とても辛いだろうね、ジャンティー。けれど、これが現実なんだよ。いずれはお前も知らなければならなかったことだ」 「でも……それでも、ぼくはいいのです。お父さまが幸せなら。妹たちだって、なんだかんだで楽しそうではあるし。あの子たちも、さすがにお父さまを邪険に扱うなんてことはできないはずですから」 大変なショックを受けたけれど、父親も妹たちも無事で生きているならそれで問題はない。 自分が勇気を出してここに来たことは無駄ではなかったのだと、ジャンティーは思いたかった。 「では、これを見てみるといい」 野獣が鏡に向かってサッと手をかざすと、また別な場面が映し出された。 シャルルが床についたあとで、アヴァールとリュゼが居間でこそこそと悪口を言い合っている。 テーブルの上に置いてある、鎮痛薬の瓶に挿されていた赤い薔薇はすっかり枯れてしまって、茶色く変色していた。 「さっさとこの世からいなくなればいいんだわ、あんな役立たずは」 アヴァールが、忌々しそうな顔でシャルルの部屋の方へ視線を向けた。 「そうよそうよ。お父さまが亡くなってしまば、遺産だってちょっとぐらい手に入るでしょうに。こんな片田舎の貧しい生活はもうウンザリ!もとはといえば、お父さまに甲斐性が無いからこんなことになったんだわ!!」 リュゼが握り拳をドンッとテーブルに叩きつける。 そのはずみで、枯れた薔薇の花びらが一枚ポロリと落ちた。 「まったく、どうしてこんな家に生まれてしまったのかしら!もっと稼ぎのある親に生まれて、もっと高い地位の家に生まれていれば……もっといい縁談も来たはずなのに…」 アヴァールは、普段の澄ました表情が崩壊するくらいに顔を引き攣らせた。 まだマルシャン家が裕福だった頃、アヴァールには縁談が山ほど来ていた。 しかし、自己主張が激しく、やや品性に欠けるアヴァールに耐えかねて、どの男も逃げるようにして婚約を断った。 見目美しく、常に明るく振る舞うアヴァールは、遊び相手や恋人としては素晴らしいが、結婚となると話は別になってくる。 「わたしたちをこんなに苦しめて、そもそも親としての役目を果たしていると言えるのかしら?わたし、これが原因で公爵さまとの縁談がナシになったわ…ぜんぶ、お父さまのせいよ」 リュゼの握り拳が、ワナワナと震える。 リュゼが結婚を断られた話なら、ジャンティーも覚えている。 相手の公爵、もとい公爵子息はリュゼの華奢で可愛らしい見た目や、華やかで明るい態度に心惹かれたらしい。 しかし、すぐにリュゼのワガママぶりや短慮さに呆れてしまって、結婚を取りやめにしたいと言ってきた。 「妹のリュゼ嬢よりも、兄であるあなたのほうがはるかに賢明でいらっしゃる。もしあなたが女性であったなら、わたしはあなたに求婚しましたのに」 相手の公爵子息は、ジャンティーに冗談めかしてそんなことを言ってきた。

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