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ジャンティーの悲しみ
また、この男たちも本人の前で欠点を述べるほど無神経ではない。
「わたくしにはもったいない。きっと、もっといい人がいらっしゃるはずです」と定番の断り文句を述べて、そのまま別の相手との縁談をさっさと進めてしまう。
したがって、アヴァールとリュゼは未だに自らの欠点をろくに理解できないままでいる。
2人はかなり早いうちから、まわりの男たちにチヤホヤ褒めそやされて甘やかされて続けて、すっかり慎みがなくなってしまった。
それが、良縁への大きな妨げとなっていたが、どんなことがあっても2人はそれに気づけない。
それだけに、自分との結婚を断った男が他の女と結婚したという知らせを聞いたときには、「納得いかない!」と2人して癇癪を起こしたものだった。
自分の欠点を意地でも認めたくないアヴァールとリュゼは、自分たちが良縁に恵まれないのは商人という地位や父親の不甲斐なさのせい、ということにしたいらしい。
「そうよ、その通りよ。お父さまが世渡りがヘタで、他人に騙されてばかりいるから、わたしたちまで巻き添えを食らってこんな目に遭うのよ!」
アヴァールの顔がますます引きつる。
その顔ときたら、まるで怪物をかたどったガーゴイル像か絵画に描かれた悪魔のようであった。
「ああ…ウォルター様。もう、やめてください、こんな…」
ジャンティーはもう見たくないという気持ちでいっぱいになって、顔を覆って鏡から目を背けた。
「もう、やめてください。見たくありません、こんなもの…」
「すまない。お前を苦しめてしまったね。そんなつもりはなかったんだ」
野獣が、本当にすまなさそうに謝罪した。
「貧しさが、あの2人をあんなふうにしてしまったんだと思います。本当は妹たちだって、あんな子たちじゃない…」
ジャンティーはそう思いたかった。
アヴァールとリュゼだって、最初からあんなだったわけではない。
幼少期は少々ワガママなところもあったが、病に倒れた母を気づかったり、ジャンティーとシャルルのためにバイオリンを弾いてくれたりもした。
母親の葬儀のとき、誰より悲しんでいたのはあの2人だった。
「お前がそう思いたいなら、そうなんだろうな」
野獣が哀れみのこもった目でジャンティーを見つめた。
「かわいいジャンティー、お前の心はこの上もなく清らかで美しい。そんなお前が醜い人間たちの世界で生きていくのは、とても難しいことだろう」
「醜い人間たちの世界…?」
野獣の言いたいことが理解できないジャンティーは、涙をたくさん溜めた瞳で野獣を見返した。
「だから、もとはといえば。わたしもこうして野獣になったんだ。醜い人間の世界に嫌気がさしたばかりに」
ジャンティーにはまるで理解できない言葉を残して、野獣は部屋を出ていった。
──醜い人間たちの世界に嫌気がさしたばかりに野獣になった……っていうのはどういうことなんだろう?
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「ウォルター様、こないだおっしゃったことなのですけれど…」
ある晩、野獣が少し前に言ったことが気になったジャンティーは、野獣が部屋を訪ねてきた矢先に尋ねてみることにした。
「あれはいったい、どういう意味なのですか?」
「なんのことだい?」
「醜い人間の世界に嫌気がさして野獣になった……とウォルター様はおっしゃいました」
野獣が深く瞑想的な目で、何かを探るように見つめ返してきたので、ジャンティーはたじろいだ。
「そんなことを知って、どうするつもりだ?」
「いえ…申し訳ございません、ウォルター様。無礼をお許しくださいませ」
ジャンティーはあわてて目を伏せて、謝罪した。
「単なる好奇心で聞いているのなら、やめたほうが賢明だぞ、ジャンティー」
「そんなつもりではありません。ただ……」
ジャンティーは、そこから何と言おうか考えあぐねた。
「この世には、まだお前には理解できないことがたくさんあるんだ。お前はまだ若いからな」
野獣は、ジャンティーの疑問とは無関係な話を始めた。
いや、ジャンティーには無関係に感じても、野獣にとっては関係ある話なのかもしれない。
「お前は、父親や妹たちとの狭い世界しか知らない。知るすべもない。この城にやって来たことで、いわば初めて外の世界に出たわけだ」
「そうですね、その通りです」
「この世にはまだ、お前の知らないいろいろなことがあるんだよ」
野獣はそう言うと、またいつものように当たり障りのない話を始め、それが終わると部屋を出て行った。
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「……わたしは、生まれたときからほかの者とは違っていたんだ」
数日後の晩、どういう風の吹き回しか、野獣は自分のことを少しずつ話し始めた。
「どう違っていたというのです?」
「人の心のうちがわかるのだ。いや、わかってしまうのだ」
「……人の心のうちがわかってしまう?」
「相手が口ではどれほどの綺麗事を並べ立てても、心の中ではどう思っているのかがわかってしまうんだ。その美辞麗句とは裏腹な、醜く汚れた心の中が」
こうして野獣は、自分のことを問わず語りに話し始めた。
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「わたしはかつて、一国の主の子どもだった。王たる父上のまわりには、いつもそんな人間がたくさんいた」
「…さようでございますか」
──こんな恐ろしい野獣が、一国の王族?
あまりに突拍子もない話に、ジャンティーは疑いの目を向けた。
しかし、野獣がわざわざこんな嘘をつく理由が思い当たらないし、その話の続きが気にはなったので、聞き役に徹することにした。
「……信じてくれなくてもいい。父上に仕える臣下はたくさんいた。ヤツらはいつも追従 をたらたら述べて、父上を喜ばせる。その言葉の裏がまるで読めない父上は、口先ばかり上手くて心のねじ曲がった人間や、社会的に見れば無能に等しい人間を、つぎつぎに国の要職につけた。まあ、父上もあまり賢いとは言えない人だったわけだな」
野獣がフッと自虐的な笑みを浮かべた。
信じてくれなくてもいい、と言ったということは、ジャンティーの疑う気持ちを察してのことだろうか。
それならば、少なくとも人の心のうちがわかってしまうということは本当なのだろうと、ジャンティーは判断した。
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