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質問責め
「いったい、野獣のところで何があったのお兄さま」
「お姉さまもわたしも、お兄さまはとっくの昔に野獣に食べられたものと思っていたから、驚いたわ」
アヴァールとリュゼが好奇心のこもった瞳で、ジャンティーを取り囲む。
「野獣はお兄さまを殴ったり蹴ったりしなかったの?」
「そんなこと絶対にしないよ。ウォ…あ、野獣は、とても紳士的に接してくれてるよ」
アヴァールのとんでもない予想に、ジャンティーは苦笑いを浮かべた。
「イヤな臭いがしたり、とんでもない声で吠えかかったりしないの?」
そんな質問を何度も繰り返してきて、決して1人にしてくれないアヴァールとリュゼに、ジャンティーは少しばかりウンザリした。
──でも、それだけ心配してくれたってことなんだよね
反面、嬉しさもあった。
ワガママでどうしようもないと思っていた妹たちも、結局は自分のことを気にしてくれていたのだとジャンティーは思っていた。
「お兄さまがいま着てる服、とてもステキね。腕輪もとてもキレイだわ。わたし、こんなの見たことない」
アヴァールが、腕輪についたダイヤモンドの装飾をまじまじと見つめてきた。
「きみが欲しいっていうなら、あげるよ」
ジャンティーは腕輪を外すと、アヴァールに差し出した。
「あちらには、こんなものがたくさんあるの?」
ジャンティーの気前の良さに歓喜しつつ、アヴァールは妬ましさが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「うん。野獣はとても気前がいいんだよ。これまでぼくが欲しいって言ったものはかならず寄越してくれたし、頼みごとも断られたことがないんだ。それこそ、帰りたいって言ったら帰らせてくれたしね」
ジャンティーは、自分を心配してくれた妹たちを安心させようと、向こうではいかに安全に安楽に暮らしているかをことさら強調して話した。
「お城の中はどんな様子なの?古いお城というからには、あまりキレイとは言えないんじゃないの?」
アヴァールがまた質問してきた。
「お城の中はすごく広いよ。家具や装飾品が見事で、どこの王侯貴族かと思うくらい。部屋がいくつあるのかはぼくもまだわからなくて、ときどき迷子になりそう。そんなときでも、見えない誰かがランプを持ってきて、ちゃんと誘導してくれるんだよ。不思議だよね」
「見えないだれか…」
先ほどからジャンティーが話す不思議なお城の中の話に、アヴァールは目を剥いた。
「お城の中では何をして過ごしているの?野獣はあなたをこき使ったりはしないの?」
今度はリュゼが食い気味に聞いてきた。
「そんなことしないよ。ぼくも最初は家事とか庭仕事とか任されるのかと思ってた」
「じゃあ、何をしているの?」
アヴァールが食いつく。
「いつも目に見えない誰かが毎食たくさんのご馳走を出してくれて、目に見えない誰かが着替えも手伝ってくれるんだ。その人たちが音楽を奏でてくれたり、本も用意してくれるし。だいたいは音楽聞いたり、本を読んで過ごしてるね。思えば、お城に来てからぜんぜん働いてないや」
「つまり、お兄さまは手を汚すこともなく、ただ美しく着飾って一日中好きなことをして過ごしていたということ?」
「まあ、そういうことになるね…野獣が、そうして過ごしていれば、それでいいって言うから……」
リュゼの言い様に、ジャンティーはなんだか後ろめたい気持ちになった。
野獣はこれほど手を尽くして自分の世話を焼き、帰宅の許可までくれたのに、何も返せていない気がした。
──ぼくは、ウォルター様に何かできるだろうか。帰ったら、少しくらい何かお返しをしなくちゃ……
「そう……」
「それはよかったわね…」
そんなジャンティーの心情とは裏腹に、2人の妹は兄を睨むように見つめていた。
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予想外の話に、アヴァールとリュゼの嫉妬は次第に大きくなっていく一方だった。
「なんとかお兄さまを向こうへ帰らせないようにしなきゃ」
「そうよ、お姉さま。お兄さまにだけあんな幸せを独り占めさせる手はないもの」
2人の妹は、この一軒家には不似合いな豪華な家具で窮屈になった2人部屋で、顔をつき合わせて相談していた。
「そもそもどうして、お兄さまばかりがいっつも美味しいとこ取りなの?ここに来てからずっとそうだわ。わたしたちいつもカスばかり…」
まだ裕福だった頃の華々しい日々を思い出して、アヴァールは爪を噛んだ。
あの頃は、どちらかといえば美味しいところをもらっていたのは自分たちだったのに。
自分たちのほうが美しく、自分たちのほうがはるかに褒めそやされていたのに。
それが、いまや全てにおいて兄のジャンティーのほうが優位となっている。
「大丈夫よ、いい考えがあるの。わたしにまかせて、お姉さま」
リュゼが耳打ちしてきた。
「なるほどねえ」
リュゼの提案を聞いたアヴァールは、妹の賢さにいたく感心して、クスクス笑った。
腹黒いことを考えている2人の整った顔は、一気に醜く崩れるくらいに、酷いニタニタ笑いで歪んでいた。
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「お兄さま、出ていかないで。お父さまのことを考えてあげて?あなたがいなくなってから、お父さまがどれだけ悲しんでいたかわかる?終いには倒れてしまったのよ?」
「お姉さまの言うとおりだわ。今回は単なる風邪だったけど、今度は何があるかわからないわ。お父さまはお兄さまが誰より大事なのよ?あなたが1番よくわかってるでしょう?」
城の中での暮らしぶりを話して以降、アヴァールとリュゼがそうやって強く引き止めるようになった。
──ぼくがいなくなって、ちょっとは懲りたのかな?
ジャンティーはそう解釈した。
何せ、シャルルが倒れてからは家事をするものがいなくなったので、部屋が汚れたり着る服が無くなって苦労したらしい。
そこから、少しは掃除や洗濯も自分からしていたみたいだし、慣れない看病も頑張っていたみたいだ。
これにシャルルは、「それでもやっぱり、家事も看病もジャンティーが上手だな」と述べていた。
シャルルがそう言っても、理由はどうあれ2人の妹が家の仕事を頑張っていたというなら、ジャンティーはそれはそれで悪くないと感じた。
──そうだ。アヴァールとリュゼだって、やればできるし、成長してる。いい加減に現実を見始めてるんだ
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