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猫(4) 黒猫、隠れる

 ある休日。  リビングで寛いでいると、窓にコンコンとノック音がした。見ると、可愛らしいメス猫がニコニコ笑っていた。 「ん?なんだい?」  まあ聞かれる内容はわかっているんだが、窓を開けて素知らぬ顔で聞いてみる。 「あのね、くろ丸くんいるかにゃ?」 「ごめん、くろ丸はさっきお出かけしちゃったんだ。しばらく帰ってこないよ」 「ほんとにゃの?」 「うん」  美少女に悲しそうな顔をされると心が痛むが、頷く。 「また来るにゃ」 「うん、バイバイ」  ……ふう。窓を閉めてため息一つ。  くろ丸は……。  トントンと階段を上り俺の部屋に行くと、案の定ベッドで掛け布団に全身くるまって隠れてた。 「帰ったよ」  布団をポンポンと叩いて知らせてやる。 「まだニャ。まだ来るニャ」 「マジで?」  結構くろ丸のこの勘は当たる。勘というか、猫特有の気配を感じてるのかも。  くろ丸を置いてリビングに戻ってみると、確かに新たな来訪者が窓を叩いていた。しかも二匹だ。  今は発情期で、メス猫がひっきりなしにくろ丸を訪ねて来る。羨ましいことに、ほとんどが美猫と言われる可愛かったり美しかったりする猫だ。 「くろ丸くんはいるにゃん?」 「くろ丸くんに会いたいにゃ」  この二匹もまた猫なのが惜しいくらい可愛い。 「くろ丸は出かけちゃって……」 「またぁ!?いつになったらいるにゃ?」 「隠してるにゃ?」  クンクンと家の中の匂いを嗅ごうとする。 「ああ、ダメだよ、入らないでね。本当にいないんだよ。ずーっと出かけてるから、俺にもいつ帰ってくるかわからないんだ。困っちゃうよね」  女の勘は鋭い。バレないようにせねば……。 「くろ丸くんって不良にゃの?」 「意外だにゃあ。聞いてたのと違うにゃ」 「いや、不良じゃないよ。とってもいい子だよ」 「でも……」 「ねー」  女のこういう話し方は、人間も猫も同じだな。 「あ、君たち、教えてほしいんだけど、くろ丸のこと誰に教えてもらったの?あんまり女の子の友達とかいないやつだからさ、不思議だなって思って」 「くろ丸くんのことにゃ?マリーちゃんからよ」 「あたしはマイケルくんからにゃ」  いきなり外人が出てきたぞ! 「マイケルくんもマリーちゃんからって言ってにゃかった?」 「そーにゃの?うーん、そういえば……」 「そ、そのマリーちゃんが発端……話の始まりなのかな?」 「そうにゃ。この前、くろ丸くんと一発やろうとしたら、逃げられたらしいにゃ!」 「私になびかないなんておかしい!ムカつくにゃ!って」 「おんにゃのプライドがズタズタになって、しばらく寝込んだらしいにゃ」  ああ、マリーちゃんってこの前の巻き毛猫か。 「ふーん、そっかー」 「それでね、その後、マリーちゃんてばくろ丸くんのこと好きににゃっちゃって、手下のオスたちに探させたにゃ。その中の一匹がマイケルくんにゃ」  て、手下……。すごい子だったんだな巻き毛猫。まあ確かに美猫だったしな。 「へぇー」 「くろ丸くんのおうちはすぐに見つかったんだけど、くろ丸くんあんまりお外出にゃいからずっとにゃぞの存在だったよね」 「そーにゃの!たまたま見れたオスがいたんだけど、くろ丸くん綺麗すぎてメスかオスか判別つかにゃかったんだって!」 「「だから超気ににゃるよね~!」」  最後は綺麗に声が揃った二匹。 「そっかー、色々教えてくれてありがとう」 「いいにゃ。……で、そろそろくろ丸くん帰ってくる?」 「あ、ごめんー、まだまだだな。……そうだ、ちょっと待ってて」  おやつを一口分ずつだけ用意する。ちょびっとならあげても大丈夫だろう。 「はい、これ口に合うかな?くろ丸が好きなおやつなんだけど」 「わー!嬉しいにゃ!」 「美味しいにゃ!」  猫だしいいよな、と、二匹の頭を撫でてやった。気持ち良さそうに目を細める二匹。  機嫌よく帰っていった。 「おーい、寝てるか?もう来ないよな?」  相変わらず布団の中で丸くなっているくろ丸の背中の辺りをポンポンと軽く叩いた。 「うにゃ……」と呟いて顔を出すくろ丸。眉間にシワが寄ってる。 「ご主人様なんてキライにゃ」  再び布団を被るくろ丸。 「おい、どうした?なにかあったのか?」 「にゃにかじゃないニャ。くろ丸のおやつあげたニャ。それにいい子いい子もしてたニャ」 「見てたのか?」 「匂いでわかるニャ。おやつの匂いとメスの匂いがするニャ。……く、くろ丸より、も、メスのほうが、好き……にゃんだにゃ……うにゃあ……」  布団の中で泣いているようだ。 「違うよ、くろ丸のほうが好きに決まってるだろ?俺が好きなのは、くろ丸だけだよ」  ……本当にそう。愛してる。って言いたいくらいだけど心の中に留める。  くろ丸にソッと触れながら優しく撫でる。くろ丸が顔を出した。 「ほんとにゃ?」 「ほんとにほんと。浮気なんかするわけないだろ。くろ丸一筋なんだから」  くろ丸に対してはどんどん心の声が出てしまう。他人が聞けば愛の告白だよな……。  くろ丸が布団からガバッと起きて抱きついてきた。 「ふにゃー!ご主人様大好きニャー!キライは嘘ニャーあああ!」 「わかってる。おやつ食べるか?」 「……うん。でもメスの匂いはイヤニャ。早く手洗うニャ」 「はいはい」  ひっつき虫のせいで、また階段を抱っこしたまま降りる羽目になった。なんかだいぶ足腰が強くなってきたかも。 「あーん」  おやつはいつも皿に乗せて自分で食べさせているのだが、さっきのメス猫たちへの食べさせ方を聞いたくろ丸は口をあんぐり開けて要求した。  ……仕方ない。言ってしまった俺が悪い。 「今日だけだぞ」  一応そう言って与える。 「美味しいニャ。はい、あーん」 「ちゃんと噛んでるか?……はい、じゃあ噛んで。十回な!」 「ふみゅ、噛みながらだといち、に、言えないニャ」 「頭の中で数えるんだよ」 「あたま?」  モグモグしながら首を傾げる。こういうところは脳みそ足りてないんだな。 「はい、最後な。おしまい」  皿も空になり、手も空になったと見せるため広げた。でもくろ丸はクンクンしながら「まだニャ」と言った。 「もう無いぞ」 「あるにゃん」  そう言って俺の指をペロペロ舐め始めた。……ああ、カスが付いてるのか。  されるがまま、舐められる。ちゅっちゅっと濡れた音を立ててくろ丸が舐めている。  ……なんか、舐め方がエロくないか?言っちゃなんだけど、フェラっぽい。  可愛い。  頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らし、抱きついてきた。俺の首を舐めながら足に跨がり、股間を擦っている。 「ちょ、ちょちょちょ!」  また始まった!  くろ丸を離そうとするが「いやにゃー」と言って離れない。俺の腕を取ってくろ丸の股間を触らせようとする。 「待てって!くろ丸!」  強めに言うと、止まってくれた。  ……どうしよう。 「念のため聞くけど、もしかして俺を誘ってる?」 「ふにゃ?」  なんにもわかってない顔。理屈ではわからず、動物の本能みたいなのでマウンティングしちゃうのかも。  こういうのってストレスが溜まってすることもあるらしいから、ここ最近のメス猫来訪攻撃が精神的に限界まできちゃってるのかな。どうやってストレス発散させてやればいいのかなあ? 「なあ、くろ丸。ここはあんまり人間にスリスリしちゃ駄目だ。くろ丸が大好きなメスが出来たらしてあげるものなんだよ」  ……っていう説明でいいんだろうか?  本当言うと、俺はウエルカムなんだが心を鬼にする。  くろ丸は首を振った。 「違うニャ。メスいらないニャ。くろ丸のチンチンはご主人様のものニャ」 「……なんで、俺の、なんだ?」  そういえばこの前もそんなこと大声で言われた。人や動物がいっぱいいる公園で……。 「チンチンだけじゃないニャ。くろ丸の全部、ご主人様のものニャ。拾ってくれた時から、そう思ってたニャ」 「くろ丸……」  思わずくろ丸の頬にキスをしてしまった。  くろ丸が嬉しそうに微笑んだ。唇にもキスをしてみる。ペロッと舌を出して舐め返してくれる。 「舌、仕舞って」  と言って舌を引っ込ませ、今度は唇を吸い上げるようなキスをした。柔らかい、甘い唇。煮干しみたいな味もする。  おやつか。  おやつを舐めとるように味わい続ける。唇から頬に口付けを移動し、首筋を吸い上げる。 「にゃにゃん」  くすぐったいようで、首を反らし……「ニギャ!窓ギニャ!!」と叫んだ。 「なに、どうした?」  窓の外を見て、ギョッとした!庭に二人の人影が!母親と姉貴だ!!  ……お、終わった……俺の人生終わった……。  サーーッと体中の血が引く。  窓を開けてドサドサッと荷物を置く母たち。し、視線が冷たい。 「おか、おかえり……」 「いっぱい買い物したから庭から入ろうと思ったらこれよ。普通リビングでヤろうとする?有り得ない!」 「お姉ちゃんがからかって言ってる冗談かと思ってたのに、まさか本当のことだったなんて。入るタイミング見失っちゃって腕が疲れたわ」 「こ、これは……」 「チンチンも全部あんたのものなんだってね。誇らしいわ、弟がモテモテで」 「お父さん、大丈夫かしら?ビックリして固まってるけれど」  振り向くと、リビングの格子扉から父親が覗いてた。  うわーあああ!!  くろ丸はさっきまでのムードはどこへやらで、俺から離れて母たちが買ってきたものをクンクン嗅いでいる。 「くろちゃんが大人の階段を登ってたなんて、お母さんショックだわ」  くろ丸の頭を撫でながら母親が嘆く。 「まだ登ってないって!」 「でも今日は未遂なだけで、登り済みなんでしょ」 「違う!まだ一度も登らせてない!」 「まだまだって……ってことは、いずれ登るのね……」 「う、ぐっ」  確かに登らせたいから、否定は出来ない。 「す、好きで悪いか」 「「悪いね」」  ステレオか!  血の気が引きすぎて寒気がしてきた。  ふらつきながらリビングを出ると、くろ丸も付いて来た。 「ご主人様待ってニャー」 「ナオ!すぐに夜ご飯だから続きはしちゃ駄目よ!」 「しねーよ!あとでする!」  イヤー!という悲鳴が聞こえる。  もういいや。オープンで。却ってちょうどいいかも。開き直りながら二階に行った。  結局その日はそれ以上のことはなにもなく、普通にベッドに入った。俺も無理強いはしたくないから、くろ丸がその気になったらしようと決めた。  くろ丸は、相変わらず身動きが出来ないくらい背中にくっついて寝ている。  ……寝顔が見たい。 「くろ丸。ちょっと寝返りうつからごめんな……」  そう言いながら体を反転する。  みゅみゅみゅ……とくろ丸の唇から寝言が漏れて、耳がピクピクしている。  長い睫毛。美味しそうな唇。自分の体温が上がっているのがわかる。  ソッと抱き締めると、くろ丸の口角が微笑むように上がった。そして「うみゅー……」と声を漏らして俺の胸に顔をうずめた。  可愛い、マジで可愛い。これぞ生殺し状態、おあずけ状態だろう。  再び身動きが出来なくなったし、ちゃんと眠りにつけるか不安になる夜だった。

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