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猫(6) 黒猫、いじる

 ある平日の帰宅中。  ポケットに入れているスマホの振動に気付いた。見ると、母親からメッセージが入っていた。 『くろちゃんのエサがそろそろ無くなりそうなので買ってきてね』  そうだった。チェックして認識していたのに、うっかり忘れてた。 「了解、と」  返信してスマホを仕舞おうとしたら、再びメッセージが入った。 『なかや』 「なかや?」 『らはたか』 「??」  なんだこれ。バグか?  困惑しながら見ていると、またメッセージが。 『今の2つはくろちゃんから』  プッと吹き出した。 「なんだよ~うける」  すれ違った人が不審そうな目で俺を見た。咳払いをして誤魔化す。なんて打ったのか、あとでくろ丸に聞かなくては。 「いらっしゃいませ」  いつも寄るペットショップでエサを調達する。  大袋を手に取り、店内を一回りしてみる。これからの季節にちょうど良さそうな涼しげな髪留めを見つけた。くろ丸に似合いそう。  ……でも、家には山のように髪留めがある。それこそ付けきれないくらい。 うーーん。  買ってあげても本人(猫)的にはそんなに興味無さそうなんだよな。「ありがとう」とは言うけど、これは人間の押し付けで礼を言わせているように思える。諦めようと思いつつも諦めきれずに眺めていると、店員が寄ってきた。 「その髪留め、可愛いですよねっ。ワンちゃんにプレゼントですか?それともネコちゃんですか?」 「猫なんですけど」 「わーネコちゃん!いいですね~。それ今日再入荷したばっかりで、すごく人気のお色なんですよ。挟むだけなので付け外ししやすいんですけど、意外とネコちゃんってクリップ型を開閉するのが苦手なので、自分で外しちゃわないのもオススメポイントですっ」 「そうですか」  店員の口車に乗せられている気がしないでもないが、買ってもいいかなと思えてきた。 「あとあと、ここに可愛いビーズがぶら下がっているので、揺れてとっても可愛いんですよ~」  確かに。でもくろ丸の視界に入ったらじゃれて遊んじゃいそうな気もするけど。  でも買おう。絶対似合う。 「じゃあこれでお願いします」 「はいっ、ありがとうございます~」  髪留めとエサを店員に手渡した。  さっきから思ってたが妙に馴れ馴れしい店員に飼い猫の名前を聞かれながらレジを完了。家路を急いだ。  玄関を開け、「ただい……」「ニャー!!」と声がかき消された。  大きく手を広げたくろ丸がドスッと飛びついてくる。構えていても結構痛い。 「ドッスンはやめろって……」 「ご主人様お帰りニャー。ンニャーン」  全身ですり寄ってくるくろ丸に、文句言う気も失せてしまう。 「ただいま、くろ丸」  ギュッと抱きしめてくろ丸の頭に頬をすり寄せた。猫耳がくすぐったそうにピピッと震える。  くろ丸が俺の唇をペロッペロッと舐めた。最近はこれが“ちょうだい”の合図なんだとわかった。  俺はくろ丸の望みを叶えるべく、顔を近づけた……が。 「そこのマタタビ男、ご飯もう用意してあるんだから早く食べなよ」  触れる寸前で声をかける姉貴。絶対わざとだ……。 「ご主人様、『らいん』見たかニャ?」  夕飯を食べていると、くろ丸が目をキラキラさせながら聞いてきた。 「くろ丸よくLINEなんて知ってるな」  くろ丸の頭を撫でてやると、母親が茶をすすりながら嬉しそうに言った。 「くろちゃん最近色んなことに興味持つのよねー」 「さっきなんてリモコンでチャンネル変えてたよ」  姉貴がTVを指差しながら言う。 「へーすげーじゃん」 「あと最近は『TVつけて』ってお願いするとTVの電源入れてくれるようになったわよね」 「うにゃっ」 「すげー。……あ、そうだ、さっきのメッセージってなんて書いたんだ?」 『なかや』と『らはたか』だっけ。スマホで確認する。そもそもあれは意味ある言葉を送ってるつもりなのか?  くろ丸は得意気な顔をする。 「『あとでコリコリしよーね』って送ったニャ!」 「ブッ!」  味噌汁吹いた! 「何?コリコリって」 「コリコリにゃ?ご主人様がくろ丸のちモゴモゴッ」  慌ててくろ丸の口を塞いだ。 「わーそうなんだ!ありがとな」  頬杖をついた姉貴が冷たい視線を送る。 「何かわかったわ。あーやだやだ」 「なあに?お母さんにも教えて」 「下ネタ的なやつでしょ。ったく、飼い猫とホントにエッチしてるなんて!信じられない」 「おい!言うなよ!」  慌てる俺を見ながら、母親がハーッとため息をつく。 「ご近所さんの噂でお母さんも聞いたことあるわ。ペットにそういうことする変わった趣向の人がいるんですって。それは見た目は人間に近いけれど、ちょっとお母さんには理解できないわ」 「まさかここに!いるなんてね」  二人揃ってため息をつかれた。 「な、なんだよ。仕方ねーじゃん……」  好きな子が可愛い姿で常に近くにいたら、絶対そうなる。 「子供だけは、作らないでちょうだいね」  母親に釘を刺された。……ん?いやでも待て。 「くろ丸オスだからできっこねーじゃん」 「そういう問題じゃないのよ。余所様の猫ちゃんにムラムラしないようにね」 「しないし!」 「どーだか」 「ねーっ」と母と姉は頷き合っている。俺を何だと思ってるんだ!くろ丸以外には絶対にそんな気起こるわけない!  気を取り直してご飯を口に入れる。 「あ、そうそう。くろちゃんにいじらないようにって、ナオからも言ってくれる?」 「え?何を」 「チンチンよ」  ブホッとご飯を吹いた。 「あんたさっきから汚い!」  姉貴が心底嫌そうな顔をした。 「え、いじってんの?」  母親とくろ丸の顔を交互に見る。 「お母さんが洗い物とかしててね、ふと見ると触ってるのよ。前までそんなことしなかったのよ。お母さんが『やめなさい』って言うとやめてくれるんだけど、気づくとまた触ってるの。『やめなさいね』でやめるけど、その繰り返し」 「あー、さっきそういえば私が帰った時も、背中向けてなんかしてるから『何してるの?』って聞いたら慌てて『何もしてない』って誤魔化されたわ。ほんっと、飼い主が変なこと覚えさせたせいで可哀相に」 「覚えさせてねーよ!」  と否定したものの、よくよく考えてみれば、あの時俺が触りまくったせいで、それが気持ちいいということを覚えてしまったのかもしれない。俺も子供の頃、それが自慰行為だとか知る前から気になってこっそり触ってたりしてたし。  くろ丸は責められてるのがわかるのか、下を向いてカーペットの毛をむしっている。  今、注意するのは可哀相な気もする。あとで……夜にでも話してみるかな。  くろ丸は、俺といる時は全く下半身をいじる様子がなく、普通に一緒に風呂に入り、普通に一緒のベッドに入り、いつも通り俺の背中にくっついて寝た。  ……結局、この日は話す機会がなかった。  次の日、帰宅すると「くろ丸にあのこと言ってないでしょ?」と、姉貴に冷たい視線を向けられた。 「またやってた?」 「やってたなんてもんじゃないよ。くろ丸、痛い痛いって泣いてたらしいよ。勃ったけど出せないみたいで、泣きながらお母さんとこに行ったんだけど、お母さんちょうどお客さん来ててさ、浴衣で隠れてたけど明らかに股間膨らませてたくろ丸をお客さんに気づかれないようにするの大変だったって!」 「そ、それでどうしたんだ?」 「しばらくしたら収まったみたい。……あんたさ、オナニー教えるならちゃんと最後まで教えなよ!」 「デカイ声出すなって!……そういやくろ丸は?」  いつも玄関に飛び出てくるくろ丸がいないとやっぱり寂しい。 「くろ丸、あんたに愛想尽かしてたよ。『もうあんなやつ、主人じゃない』って。何も教えない最低な人間だって」 「えっ、マジで!?」  サーッと血の気が引いた。  確かに、昨日はタイミング逃したし、そんなに急ぐ必要はないと勝手に思っていた。実際、俺の前ではやらないから、緊急性は低いと思ってた。  姉貴はハッと笑った。 「……と、言いたいとこだけど、ソファーで寝てるだけだよ。なぁんかあんた見てるとマジ恋してるのがバレバレで恥ずかしくなるわ。ペット相手なのに」 「なんだよ……」  リビングに行くと、確かにくろ丸はソファーで寝ていた。  ホッとしながら肘置きに腰掛け、くろ丸の頭を撫でる。くろ丸が身じろぎをして、ゆっくり目を開けた。俺に焦点を合わすと、フワッと笑みを浮かべて抱きついてきた。 「おかえりなのニャ!ご主人様ぁ!んにゃあん」 「ただいま、っと、ちょっ、んむっ」  いつもながら盛大な歓迎っぷり。唇までペロペロ舐められてる。こっちもキスしたいくらい可愛いけど、周りの視線が超痛い。 「ちょっと、くろ丸、それはいいから、ゴロゴロしてごらん。ゴロゴロー!」  そう言うとくろ丸は、俺の膝に頭を乗せて、仰向けになりゴロゴロ喉を鳴らした。 「よしよし」  俺はくろ丸の胸や喉を撫でる。……ふう、ペロペロ攻撃からは逃れられた。 「その調子で、オナニーもしつけてよね」 「わかってるよ」  姉貴に言われなくてもわかってる。俺は頷いた。

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