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第2章 第11話

 サーカステント内は魔法石の自動装置により心地よい温度が保たれている―――テントの外へと一歩踏み出した瞬間の、肌を撫でて、喉を突き抜けるような秋の寒さにジラソーレは思わず身震いした。スリジエもその寒さを感じたらしく、腕を掴んでいた指先に力が入る。  次第に速度を落とした二人はサーカステントと整備工場の真ん中地点で、立ち止まった。どの建物からもテントからも日光が阻害されない心地よい場所。寒い風と熱を持った太陽の光がちぐはぐに人間を惑わそうとしている。 「寒いのにあったかいってなんか変な感じだよね」  へらりと軽薄な笑いを浮かべ、スリジエは細い金髪を揺らしながら、後ろにいるジラソーレへと視線を向けた。  彼の言葉に同意するように頷くと、スリジエはわずかに頬を赤らめながら「だよね」と舌足らずな口調で嬉しそうに笑う。綺麗な面持ちが、ひどく儚く見えて、先ほどまで募っていた黒い感情が、薄く水を垂らしたように散らばっていく。黒くてどろどろとした感情の隙間に、美しい感情が滑り込んだような気がして、なんだか感情の整理がつかない。  ジラソーレは蜂蜜色の視線を落として、土埃が舞う地面を見た。つま先が擦り切れた短靴に、新しいものを購入しなければなんてひどい現実逃避。ざわざわとした雑踏が妙に心を落ち着ける―――不意に周囲の様子を確かめるように、ジラソーレは顔を上げた。  整備工場を取り囲むように植え付けられた木々―――恐らく逆で、元々森林があった場所を伐採して作られたのだろう―――が、穏やかな風で木の葉を掠めた音が聞こえる。木陰で思うままに読書に勤しむものもいれば、幼いメンバーたちは思うままに身体を動かして遊んでいる。  ほとんど二日ぶりの顔合わせで、会話が弾んでいるものも―――多種多様の団員を見れば、浮ついて汚れた感情が沈んでいくような気がした。  ほ、と安堵の息を吐く―――ふと、視界の端に影を捉えた。そして真っ暗になった視界とほんのり温かくなる目元に、困惑の息を漏らした。 「っ!っ?!」 「だーれだ」  低く這う声に、ジラソーレは肩の力を抜いた―――本当は話したくてたまらない人物の声。ジラソーレは、とん、とんと視界を塞ぐ手を叩いた。 「さっきぶりだね、ダフネさん」 「おう、さっきぶりだな。二人とも」  ジラソーレはくるりと身を翻して、後ろに立っている彼―――ダフネを見た。茶色の髪が穏やかな太陽の光に照らされて靡いている。彼の乾燥した白い肌が、ほんのりと寒さで赤く滲んでいた。  スリジエはにこにこと天真爛漫な笑顔を浮かべて、挨拶をする。ダフネもそれに続いた。そしてマルーン色の瞳を、ジラソーレに向けて甘く溶かした。  どきり、と心臓が高鳴る。  息を詰めて瞠目したジラソーレに、ダフネは満足そうに頷いて言葉を紡いだ。 「ベッドはもう運んだか?」 「まだだよ。ちょうどさっきそれをサクラさんに聞いたところだったんだ」 「そうか」 「彼女、怒っていたよ?」 「あとで謝らないとな」  口を開こうとして、また閉じて。何度も繰り返す動作に胸が締め付けられた。  早く交わされる―――否、普通に交わされた会話についていけずに、ジラソーレは隣にいるスリジエとダフネを交互に見やるに留まった。嬉しくて舞い上がった感情が、また落ちて沈んで、溜まっていく。  辟易とした―――子供のように抑えられない感情の起伏が嫌になる。誰も悪くない、この場にいる誰も悪くない。強いて指定するならば、ジラソーレ自身であろう。  薄まったはずの感情がまた濃くなって―――息が出来なくなるくらいに胸が痛くて、苦しくて、辛い。存在価値を否定されたような、そんなことはないはずなのに、加速される思考に嫌な過去が掘り起こされる思いだ。

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