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「ーー緋色さんは東京に戻るんですか?」
そう声を掛けて来たのは緋色のヒロイン役の永野 心菜 。応募総数三千人の中から選ばれたシンデレラ・ガール。
『オレの映画の為にオーディションなんてご苦労なことだ』
映画のヒロインを一般公募のオーディションで決めるという話を聞いた時に溜息と共にそう零した。
純粋で素朴。今回のヒロイン像がそんな感じで心菜は一見まさにそれに嵌まっている。
(しかし、なかなかどうして)
「いや、オレはここにいるよ」
少し高めの鼻に抜けるような独特の声で答えた。歌を歌う時はその特徴がもっと顕著になる。
柔らかな口調は、優しそうにも軽そうにも感じられる。
「え? そうなんですか? お忙しそうなのに。確か……今夜の『サクラ・ステージ』に出演の予定では?」
サクラ・ステージとは、大手テレビ局サクラ・テレビの金曜日のゴールデンタイムに生放送される音楽番組だ。
サクラ・テレビと『なないろ』が所属するSAKUプロは、大手メディア系企業サクラ・メディア・ホールディングスグループの傘下だ。
「良く知ってるね」
内心呆れながら軽い口調で答える。もちろん顔には笑みを浮かべて。
(撮影中とそれ以外ではかなり違うんだよな……何処か媚びてるっていうか……まあ、オレのファンだって言ってはいたけど)
「緋色さ……いえ、なないろのことならチェック済みなので。私、ずっとファンですから」
言い直したのは、自分だけに興味があるのではないことのアピールだろうか。しかし、上目遣いで見てくるその瞳に籠もった色がすべてを物語っているようで白けた気分になる。
「ありがとうーー今日の放送はオレだけ、こっちで中継なんだ」
「え? ほんとに? 私もここに残るので、もし良かったら見学させて貰えますか?」
(ぐいぐいくるなぁ)
ファンの子たちは大事だし、愛している。しかし、仕事仲間という立場を利用してファンの垣根を越えてこようとするのは、如何なものかと緋色は常々思っていた。
今回はこの撮影前までは本当に一般人だっただけに、そう言った気持ちを隠せないでいるのかも知れない。
(まだ撮影続くのに、キッツいよなぁ)
「たぶん平気じゃないかなぁ、スタッフさん来たら聞いとく」
「ありがとうございます!」
ぱぁと花が咲いたような笑顔になり、それからまたおずおずと上目遣いに。如何にも何か言いたいことがありますという顔だ。
「あのぉ……この後どうなさるんですか?」
今日の撮影はだいぶ早く終わり、まだ十二時を回ったばかりだ。
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