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何も言わずある日姿を消した奏。
この場所に毎日来たが現れない。家に行っても誰もいないかのようにいつもしんと静まり返っていたし、勿論呼び鈴を鳴らしてみても誰も出てこなかった。
それを緋色は自分の家に帰るまで毎日続けていた。
翌年の春祖母の葬式以来ここへ来ることはなく、大人になってからもあえて来ようとは思わなかった。
時が経つに連れ、あれは夢か妄想だったのではないかと思うようになった。それでもあの夏のこと、奏のことは自分の胸の何処かにあった。
今回のロケ地が祖母の家の近くだったのを知った時、もう一度あの場所に行ってみようと思った。行って、確かめようと。
『あの夏』は存在したのか、どうか。
(確かめるって、何? って感じだよな……また会えるなんて可能性なんて低いのに。会えなきゃ確かめようがない。ただこの場所が存在するだけ)
自分でもそう思っていたのに。
(まさか、本当にその存在を確かめることが出来るなんて。本人ではなかったけど)
「緋色さんは奏兄ちゃんのことどうして知ってるんですか?」
「ここで出会ったんだよ『あの夏』に」
彼方に答えているようで、遠い昔に想いを馳せた。
「ねぇ……奏は、今あの家にいるの?」
「……いえ、奏兄ちゃんは東京で就職して、今一人暮らししています。この夏も帰って来ないみたいですよ」
「東京で……」
(なんてこった。オレたち同じ場所にいたんじゃないか)
東京と言っても広いし人も多い。そうそう偶然に出会う筈もないのだが、何故かそれだけで一歩近づけたような気がした。
(そうだ、もっと何か聞こう。あわよくば連絡先とか……)
そう思ってスマホをポケットから出す。
「あぁぁ〜」
画面を見た途端変な声が飛び出して来た。
「え? どうしたんですかっ」
「あ、いやぁ……まだ話したかったんだけど、オレこれから仕事がぁ……」
「あ! 『サクラ・ステージ』ですよね! 中継ですか?」
心なしか顔が輝く。
「うん、そうそう。って、よく知ってるよね? それも妹さん?」
「えー。あ、まあ」
ポリポリと指先で頬を掻く。
(……?)
なんとなく歯切れの悪さを感じもしたが。
「ねぇ、彼方くん。もし都合がつくようだったらまた明日ここで会えない?」
「えっ」
天下のアイドルにそう言われて驚かない者はいないだろう。
「もう少し話聞きたいんだけど、嫌じゃなかったら」
「えっおれなんかと。嫌だなんでとんでもっ」
「ほんとっ?!」
ぶんぶんと目の前で振っている手を両方とも掴まえて、
「ありがとうっ。じゃあ、えっとお昼過ぎくらいに」
両手を繋いで子どもみたいに振り回した。
「じゃ、オレ行くね。良かったら今日の『サクラ・ステージ』見てやって」
「あ、はいっ。見ます!」
急いで来た道を下りながら、緋色はかなり気分が高揚しているのを感じた。
彼方の手を握った掌を一瞬見る。
(なんだろう、この感じ)
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