16 / 23

16

「緋色と心菜は波の届かない辺りの砂の上に座って花火が始まるのを待っている。心菜は今まで家の外で打ち上げ花火を見たことがなく、始まると子どものようにはしゃぐ。緋色はそんな心菜を見詰めて……」  そこでうーんと腕を組んで考え始める。 (もうすぐ七時になるな……彼方は来ているだろうか)  監督が長考しているので、ちらちらと海岸沿いに植わっている木々の辺りに目を走らせる。 (来てないのか?……それとも、この光景を見て帰ってしまったのか……だとしたら、怒ってるだろうな)  そう思うと落ち込んだ気持ちになる。 「よし、キスシーン入れよう!」  と、突然監督の声が耳に入った。 「え?」  考え事をしていたせいで良く聞き取れていなかった。 「今、なんて」 「緋色は心菜を見詰めてそっとキスをする。壊れものを扱うように軽く優しく、ほんの一瞬だけ」  緋色は思わず心菜のほうを振り向いてしまった。目を見開き、驚きを露わにした。いつものように本音を隠せていなかった。 「えっキスシーンですか」  緋色にちらっと視線を遣ってから恥ずかしそうに両手で顔を隠す。可愛らしさを演じているのがばればれだ。 「いや、別に本当にはしなくてもいいよ。このシーンずっとバックから撮るから」  亜希他がそうつけ加えると「え……」と今度はちょっとテンションの下がった声音に変わった。 (振りだけでいいとは言え、まさかキスシーン入れてくるとは……ラブシーンご法度じゃなかったのかよぉ)  緋色は緋色で全く乗り気ではなかった。  花火が夜空に上がっていたのは約一時間、上る前から撮影を始め約一時間半の撮影は漸く終了した。例のキスシーンは三度程リテイクを繰り返した。亜希他の説明の仕方だと振りでも振りじゃなくてもどちらでも良い感じだった。勿論緋色は前者を取ったが心菜からしてみたら残念な展開だろう。  心菜がこの映画後芸能界で生き残るかどうかはわからないが、例え生き残れなくても緋色と実際にキスしたとなれば後々にも自慢になるに違いない。 「お疲れ様でした」  監督からOKのサインが出ると、緋色は深々と頭を下げた。 「緋色くんも心菜くんも今日はありがとう。良いシーンになりそうだよ。お疲れ様。また明日からよろしく」 「はい。よろしくお願いします」  心菜も同時にそう言ってから頭を上げると、その視線は緋色に移った。また熱い眼差しでーーと思ったがそれは一瞬で、すぐ自分の後方を見ていることに気づいた。顔つきが少しきつくなる。 「誰かそこにいるの?」 「え」  彼女の言葉に全員の視線が、その視線の先に集まった。   
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!