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(やっぱり気づいてなかったんだ……あんな苦しんで意識失ったあとに目覚めたら演じることもできないよな)
「たまたまですよ〜たまたま」
それでもどうにか『彼方』を演じようとする。
「それに……」
(なに……他にも失敗してる……?)
「気を失う前もさっき目覚めた時も、オレのこと『ひーくん』って呼んだよね? 俺のこと『ひーくん』て呼ぶの奏くらいだ」
『ひいろくんて名前なんだね。ヒーロー?』
ふふと笑う奏。
『それ、やめろ』
緋色= ヒーローの図式は何度も経験済みで、幼い頃ならいざ知らず小六にもなればただ恥ずかしいだけだった。
『じゃあ、ひーくん』
『ひーくん?』
それはそれで恥ずかしいがヒーローよりはいくらかましかと思った。
「え……そんなことないでしょ。誰かひーくんって呼びますよ、ね?」
「呼ばない」
緋色は断言した。
「ファンの子たちは絶対呼ばない。イメージじゃないから。両親も呼ばないし。きみだって、ずっと緋色って呼んでたじゃないか、それをひーくんて」
彼方は何か言おうとして口を開けたが言葉にはならなかった。
「それに……時々見えてたんだ」
「見えてた……?」
「『彼方』の活発そうな表情の中に『奏』の儚なげな表情が……はにかむような笑みが……」
彼方は上掛けを握る自分の手に視線を落とす。
緋色はもう何も言わずただ待った。
「……ごめんね、ひーくん」
『奏』は俯いたまま小さな声を漏らす。懐かしい声音だった。
ふ……っと緋色が息を吐く。
「なんで……従弟だなんて……『彼方』って実在するの?」
「……うん……彼方は僕の従弟……でも今年は来てない……両親と妹だけ今うちにいる」
表情、言葉遣い、声音が変わると不思議と少しだけ大人びて見えた。
(でも、やっぱりオレより歳上には見えないよなぁ)
「きみに似てるの?」
「うん、けっこう似てる。でも、僕と違って健康で明るい子」
(健康で……やっぱり、奏には何かあるのか?)
騙されていたことを責めるつもりはなく、ゆっくりと奏の話を聞くことにした。
「ひーくんが二代目の『赤』として『なないろ』に入った頃、彼方の妹が『なないろ』に興味持ち始めたんだ。うちに遊びに来た時に無理矢理音楽番組を見せられて……それまで、僕は余りテレビとかも見てなくて……全然知らなくて……。でもテレビで『緋色』を一目見て、『ひーくん』だってわかったよ……それから僕はずっと『緋色』のファンだったんだ……」
奏は視線を宙に上げる。懐かしい何かを見ているように。
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