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「……ファンでよかったんだ……『あの夏の日』に一緒に海を見ていた男の子が、なないろの緋色だなんて、誰にも言えなかった。あの頃のひーくんも僕にはすごく眩しくて、でも今はキラキラのアイドル。皆の『緋色』でーー僕とはまったく違う世界の人間だ」  そう言って緋色のほうに向けた顔は何処か厳しく、きゅっと唇を引き結んでいた。 「だから……なのか……オレがアイドルだから。だから、違う人間の振りをしたのか……?」 「そうだよ。もう二度と会っちゃいけないーーううん、会えない人だと思ってた。だから、あの時ひーくんが飛び出して来た時、すごく驚いた。それから咄嗟に考えた、僕は自分が『奏』であることを知られないようにしなきゃって……ひーくんが覚えていない可能性もあったけど」 「覚えてたよ」 「うん。それもびっくりした。でも、嬉しかった」  はにかむように微笑む。それは儚くてすぐ消えた。 「ひーくんが僕のことを覚えてくれたからこそ、僕は自分が『奏』であることを隠し通さなきゃって思ったんだ……」  「どうして……」 「……世界が違うから……僕は生まれつき心臓に疾患があって何度も手術を繰り返してた。小学校もまともに行けてなかった……あの頃、僕の世界は家とあの崖と……それから病院だけだった。ほんのひと時だけだけど、ひーくんは初めて出来た友だちでずっと僕の心の中にいた。でも、今の『緋色』はあの時の『ひーくん』とは違うんだ。ここにいるのだって、映画の撮影の間だけ。だったら『ひーくん』のことを知らない人間でいよう。僕は僕が辛くならない為にそうしたんだ」  一気に喋ったせいか、少し苦しそうな顔をしている。 「奏苦しいの? 横になったら……」  支えようとする手を奏は押し退けた。 「やっぱり僕帰るね」 「かなでっ今からなんて。じゃあ、オレが送って」  最後まで言わせず遮られた。 「大丈夫っ! 連絡したから迎えに来るから」 (さっき連絡してたのって……)  奏はベッドから降りた瞬間ふらついた。緋色が肩を抱いて支える。 「じゃあ、下まで」  という緋色の申し出にも首を横に振った。 「……『あの日』の花火見たかった……でも、雨で出来なくて、花火大会は延期になって翌日やることになったけど、僕には『あの日』しかなかったんだ……翌日は、手術の為に東京の病院に行かなきゃいけなかったから……」  緋色を見る奏は、目尻に涙を溜め儚く微笑んでいた。  

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