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★ ★  奏は窓を開けぼんやりと外を眺めていた。 (ここを上がって行けば……あの崖に辿りつく……)  最後に行ったのは二日前のこと。 (たぶん、もうひーくんは来ない。休日は終わったんだ)  それでも行く気には慣れなかった。 (撮影、いつまでなんだろう。撮影が終わったらまた……)  一人であの崖に座り、緋色と過ごした時間を想おう。  奏は窓を閉めてソファに寄りかかった。  身体を冷やしすぎないくらいに適温に保たれた部屋。壁には『なないろ』のポスター。勿論『緋色』オンリーのもある。ローチェストの上には推しカラーのグッズが並んでいる。  ソファの前のローテーブルの上にはパソコンが置いてあって、父親の会社の仕事の手伝いをしている。  この部屋の中が、奏の世界のすべてだ。 (こんな僕が少しの間だけど『緋色』と過ごしたなんて……健康な別人を演じて……夢のような時間だった……)  でも、夢は覚めるものだ。  奏は一つ小さく溜息を()くと、パソコンに向かった。 「あれ……」  テーブルの上に置いたスマホが点滅で通知を知らせていた。 (誰だろう……)  奏にとってはスマートフォンはほとんど持っている意味がない。連絡先は父親、従弟の彼方とその妹の希空(のあ)くらいだ。母親は常に家にいるので必要もなかった。 (希空かな)  希空はなないろのことで時々ラインをくれる。グッズも希空がライヴに行って送ってくれたものだ。  スマホ見ると、ラインのアイコンのところに通知のサインが見えた。 「え…………」  ラインを開いて固まる。 『奏具合いどう?』 『もう一度話がしたい』 『スケジュール空いたら連絡する』   「ひーく……ええ〜っっっ」  『奏』には珍しい大声が飛び出してきた。 「い、いつの間にっ交換をっっ」  自分には全く身に覚えがない。となると。 「僕が気を失ってる間に?」  自分のスマホを誰かが見る可能性はほとんどなく、ロックすらかけていなかった。 (嬉しい……でも……)  奏はそれに返信せずにスマホを置いた。 (今だけ、今だけだ。再会して懐かしかったから。たまたま近くにいるから……)  それからも何度かメッセージが届いた。心苦しく思いながらも奏は返信しなかった。 『明後日東京に帰る』 『明日の午後時間空くから会えないかな?』 『あの崖で待ってる』 「ひーくん、ごめん。僕は行けないよ」  壁に飾られた『緋色』のポスターが涙で滲んだ。  その後、緋色からの連絡はぱたりと来なくなった。  それからひと月程が経ち、九月も終わりを告げる頃。 『今度の日曜そっちに行く』 『そこって結構花火大会多いのな』 『六時半にこの間の場所で』

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