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「きゃ〜」 「煌さま〜」  煌ファンの黄色い声援で時が流れだす。  煌はそれに手を振って応えながら、小声で言う。 「笑顔、笑顔」  彼方の顔に引き攣った笑顔が貼りついた。 「ったく、無様だな」  助手席の背に足を上げている。不遜な態度に嘲笑。  一時間前のあの『王子様』然とした微笑みはどこへやら。 「申し訳ないです」  謝罪の言葉は口にしたものの、顔はムッしていて心底謝っているようには見えない。 「なんだ、その顔本気で申し訳ないと思ってんのか。今日がデビュー! 初披露! それを台無しにしやがって」  車の中、狭い空間でがなり立てる。彼方は両耳を掌で塞いだ。 「最後の決めポーズでコケるわ、しかもそれを自分でフォローすらできないって。それでもCrashで一年間やってきたのか?」  塞いでもよく通る声がぐさぐさっと刺さるが、聞こえないフリをした。 「まあまあ。逆に話題になるかも知れませんよ」  運転席にいるマネジャーの羽加多(はかた)が柔らかな口調で言う。 (羽加多さん優し。煌さんとは大違いっ)  羽加多は煌のマネジャーで、ユニットを組んでいる期間は彼方の、といよりはDouble Crownのマネジャーも兼ねている。  今はサクラ・ステージを終えて事務所に帰るところだ。 「はっ本当になんでこんな奴が俺の相方かね。何年も研究生でやっとどうにか、Crashのメンバーに加わったような奴が。他にいるだろー、ソロでやってる奴でもユニット組んでる奴でも、俺に相応しい奴がさ。Crashだったらせめてリーダーくらいじゃないとさー」   Crash自体はデビューして三年。しかし、煌には勿論、『なないろ』『BLACK ALICE』などのSAKUプロの人気ユニットには遠く及ばない。自分たちでもCDを出しているが、それよりも他のユニットやソロのバックで踊っているほうがメインとなってしまっている。 「んなのっ自分でもわかってますって」  つい口走ってしまい、掌を耳から口に移動。 「それに生意気だ、俺にそんな口を利く奴お前くらいだ」 (そんなの……煌さんだって……) 「まあ、どれくらい持つか見ものだな」  せせら笑う。 (そうなのだ)  Double Crownは期間限定ユニット。しかも期間ははっきり儲けられていない。 (社長はいちおう二年くらい? みたいなこと言ってたけど。ヘタしたら明日にでも解散じゃないか? いや、もういっそうそのほうが)  彼の頭の中には『Double Crown解散?! 一夜限りのユニット』という新聞の見出しが浮かんでいた。  そんな彼には、 「それにしても……あの歌ダサすぎねぇか」  と煌が言ったことなど聞こえていなかった。

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