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 彼方もそこを使うことができるし、なんだったらアリーナの一番前の席を用意して貰うこともできる。  しかし彼はそうはしなかった。自分でファンクラブ先行の抽選をかけてチケットを取っている。三日間のチケットを当てるのはなかなか難しい。ファンクラブ先行で当選しなければ、会場先行、プレイガイド先行、最終は一般販売まで。とことん挑戦している。  今回は運良く初日、二日目のチケットが最初の抽選で当選した。最終日は最初から抽選にかけていない。それには理由がある。 (Double Crown結成前ならともかく今おれがステージの真ん前にいたら、こんな格好でもバレる可能性があるし)  それは絶対避けたかった。今までアリーナ席も何回か当たったことがあったが、今回は三階席で心底良かったと思っていた。 (おれにはこの双眼鏡があるし、ステージの左右には大きなモニターがある。煌様の顔はばっちし見れる。おれ自身は目立たない豆粒みたいな存在でいいんだ)  自分の考えに酔っている彼方だが、実はかなり目立っていることには気づいていなかった。 * *  彼方が都王子煌を知ったのは十四の時。  近所に住む従姉が友人と行くはずだった推しのライヴ。友人が体調不良で行けなくなり、その代打が彼方だった。 (なんでおれ? 都王子煌って誰?)  中学に入学するまでは田舎で野山を駆け回る元気な男の子だった。それが父親の転勤で都内に引っ越てきて、新しい環境では何もかも空回りで次第に元気を失くしていく。自分から何かを発することもなくなり、空虚な毎日を送っていた。  中学二年の夏休み。 「あんた、暇でしょ。どうせ遊ぶ友だちもいないんだから」  そういって連れて行かれたのは、周りが子どもから大人まで女子ばかりの場所だった。従姉の影に隠れて気配を消す。 (めっちゃ居づらい)  席に座って無理矢理持たされた内輪を手に小さい身体を更に小さくしていた。  そして、開演。 * * (今にして思えば刷り込みみたいなもんだったのかも)    当時二十歳前だった都王子煌。今とは違う二千人規模のホールだった。それでも熱狂的なファンも多くいた。同じ十代でこんなにきらきらした人間がいるのだと、空虚だった彼方の心を、いや空虚だったからこそ強烈に彼の心を掴んだのかも知れない。  気づけば周りの女子と一緒に立ち上がって内輪とペンライトを振って「煌様〜」とか叫んでいた。  それから都王子煌は、天城彼方の『推し』になった。一緒に連れて行った張本人がドン引きするくらいに。  ライヴは勿論、小さなイベントにも行った。最初は女子ばかりの中で気後れしていたが慣れとは恐ろしいもので、次第に周りのことは気にならなくなった。  そして。  女子では絶対成し得ないことをすることに成功したのだ。  それは桜ノ森スターズの研究生になること。  少しでも近づきたかった。別に話をしたいとか、一緒のステージに立ちたいとかそんなだいそれたことは考えてはいない。 (一生芽の出ない研究生のままでもいい〜なんて、誰かに言ったらほんと引くだろうな)    

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