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それから五年。
研究生として桜ノ森スクールに通った。実は研究生の通うスクールは桜ノ森スターズビルとは別にあった。だからデビューした者たちがそこを訪れる可能性は低く、当然彼方が煌に偶然出会うこともあるはずもない。
彼方はそれでもいいと思っていた。ただ煌が以前いたという場所にいるだけでも。別にデビューも望んでいなかった。
「あれ……きみ」
きっちりとスーツを着込んだ男がぞろぞろと大勢の研究生と一緒に歩く彼方に声をかけた。声をかけたというより、彼が通り過ぎる時にぽろっと口から零れてしまったという感じだった。
「え……」
自分が声をかけられたと感じた彼方は立ち止まり、自分を指さした。
(なんか見たことある人だな)
男は柔らかく微笑んで、うんうんと頷いた。
「きみ……ひょっとして、煌くんの……」
「ん?」
そこではっと気づく。
(あ、この人、もしかして煌さんのマネ……)
煌のファンになってからネットでいろいろ調べて、マネジャーの写真も載ってたことがあったのを朧げながら覚えている。
(え? なんで、おれに声をかける?)
「イベントとかによく……」
「人違いですっ!」
煌のイベントによく来ていた――そんなマネジャーの先の言葉を予想して遮る。もしかしたら自分の考えていることとは違うのかも知れないが。それならそれでいい。
(おれとこの人がかかわることはないから)
「え? あ、そう?」
虚をつかれているところを、
「では失礼しまーす」
とにこやかに去っていく。その背中に、
「いつも煌くん応援してくれてありがとう」
囁くような声が追いかけてきた。
彼方は片手で顔を覆った。
(やっぱりバレてた。おれ、そんなに目立ってた?)
混乱する頭をどうにか鎮める。
(煌さんにはバレてないよね? そうだよ、煌さんにとっておれはその他大勢の豆粒みたいな存在なんだから)
それから一週間後くらいに彼方は、桜ノ森スターズビルにある社長室に呼ばれた。社長室は二つあって六階と十四階だ。彼方は六階のほうで社長と面談した。
その日彼方はCrashのメンバーに加わった。
しかしこれが煌とのユニット結成のための布石だったことは、半年後になってわかった。
彼方は再び社長室、しかも十四階に呼ばれた。そこにいたのは社長の桜宮 満月 、そして煌のマネジャー・羽加多だった。十四階で行われるのは大御所のプロジェクト、秘密裏に行いたいプロジェクトなどが多い。社長の気分次第というのもあるが。
「えっ! おれが煌さんとユニット?!」
その時聞かされたのは『Double Crown』というユニットのプロジェクトだった。
ソロで活躍する人気アイドル都王子煌と、Crashに加入したばかりの天城彼方との。
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