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驚いて慌てて振り返ると、煌は起き上がってソファーに座っていた。
酷く険しい顔をしている。嘲笑や小馬鹿にするような顔はよくするが、こんな顔は見たことがなかった。
(な、何? なんでそんな顔。おれ何かした?)
「あ……すみません、起こしちゃいましたか?」
突然の険悪な雰囲気に、いつものつんつんな態度も取れず声が弱々しくなる。
「最初っから寝てねーよ」
「あ、そうなんですか」
(さっきじっと見てたの気づかれたかな? 恥ずっ)
などと呑気に恥ずかしがっている場合ではなかった。
おどろおどろしい雰囲気を背後に背負いながら煌が立ち上がり、一歩距離を詰めてくる。
「緋色と親しいのかって訊いてんだけど?」
彼方のほうはそれに合わせて一歩後ろに下がる。
「え、別に親しくは」
(なんで急に緋色さん?)
急に緋色の話をされて困惑する。
「さっき一緒にいるのを見た」
彼方が嘘でも言っているような勢いで言ってくるのでますます困惑する。
(あーさっき見られてたのかー。ってか、だからってなんで、こんな、めちゃめちゃ圧かけてくるのーっっ)
「え、あの、別に、親しくは。知り合いの知り合いっていうか」
そう言っている間にもじりじり迫ってくる。
「なんだそれ、はっきりしねぇな」
ちっと舌打ちしたあとに吐き捨てるように言う。しかし、彼方ははっきりと緋色との関係を言うことはできなかった。
(おれの従兄が緋色さんとつき合ってるだなんて言えるわけないよ)
「いえ、ほんとに。話したのも今日が初めてですし」
じりじりじりじりと間合いを詰めて、とうとう彼方の後ろには逃げる場所がなくなった。化粧スペースの椅子にぶつかる。長身の煌が上から迫ってくると彼方はのけ反るようにそれを避けた。
(ちかいちかいちかいっっっ)
避けながらも視線だけは煌の顔から外さない。
(きらきら王子様も素敵だけど、こういう荒々しいのもかっこよ……)
つい本音に負けそうになるがだだ漏れになってしまうのは困る。
「あのっ煌さんは緋色さんのことが嫌いなんですかっ?」
ぴたっと煌の動きが止まった。
「別に緋色のことを嫌っているわけじゃ……まあ、いろいろなくもないが」
(なんかあるんだ)
煌が動きを止めたせいで彼方もこの体勢から動くことができずかなり苦しい。お腹の辺りがぷるぷるしてくるし、眉間にきゅっと力が入る。
「じゃあ、なんでっそんなにっ怒ってるんですかっ」
言葉を発するのも少し苦しくて変なふうに区切りがついてしまう。
「怒ってなんかねぇ」
(えっ? 怒ってますよねーっ)
本人にはまったく自覚がないようだった。
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