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「いただきます」
背筋を立てて手を合わせる。食べ始めた煌から目を離すことができない。
(黒王子でも姿勢も良くて食べる姿も綺麗だ)
「何見てんだ。せっかく作ったんだから、食べろよ」
「あ、はい。いただきます」
煌に倣って姿勢を良くして手を合わせる。
まずはベーコンエッグを口にする。
「美味しい……」
「何言ってんだ、こんなの誰だってできるだろ。一応塩コショウしてあるけど、醤油が良かったらそこにあるから」
誰でもできる――いや、そんなことはない。卵料理は奥が深い。彼方はそう思っている。見た目も美しく、卵に筋を入れてとろりと黄身が流れる理想の半熟加減だ。
きっともっと手のこんだ料理を作ってもパーフェクトに熟すんだろうなと思わせる。
(なんだよ、何処までスパダリなんだよ、横暴で口汚い面がなければパーフェクトなのに)
口をもぐもぐさせながら考える。
そういう部分はもうなんとなく受け入れられるようになった。しかし、昨日みたいなことはそうそうない。
(なんで、昨日はあんなに……)
口の中のものをすべて飲みこんでから恐る恐る口を開く。
「煌さん……緋色さんと何かあるんですか?」
前にも一度訊いたけど、あの時はなんとなくはぐらかされてしまった。
「なんで、そう思うんだ?」
「昨日とか……緋色さんに対して随分……ぎりぎりで踏ん張ってた感じではありましたけど……」
事務所の面々、ライヴのスタッフなど多くの人がいて、彼らは皆煌の素を知らないし煌もけして見せない。でもその仮面が昨日は剥がれそうになっていた。どう見ても緋色に関係しているようにしか見えなかった。
「……なくはない」
この間と同じ答えが急にテンション下がった低い声で返ってきた。
(この間と同じ……やっぱり、話す気はないのかな)
煌よりも更にテンションがだだ下がった。
「…………」
「…………」
重苦しい空気の中をカチャカチャと食器が触れ合う音と咀嚼する音だけが聞こえてくる。煌はすべて食べきりコーヒーをゆっくり飲んでいる。彼方はなかなか食が進まない。
「……緋色のこと……」
煌はカップを持ったまま窓のほうを見ている。青い空と高いビルが見えることからこの一室は高層階なのがわかる。
「嫌いとかじゃねぇ……」
「え……」
その話をしてから数分が過ぎていた。彼方はもう終わったものだと思っていたので軽い驚きを感じた。バンを持ち上げた手が止まる。
「……緋色が悪いわけじゃない、たぶん彼奴は知らないんだろ……」
気を持たせるようにまた間がある。彼方はパンを皿に戻して煌を見つめた。
「……なないろの『赤』が緋色に代替わりした時、もともとあれは俺に決まっていたんだ」
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