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 ソウは楽屋までユエを連れていくとソファに彼を座らせた。備えつけの小型冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出し、蓋を外してから手渡す。  ユエは怠そうに片手を上げて受け取った。水を飲むのすら億劫なのか、一口飲むとソファの前のテーブルに置いた。  テーブルの上には他のメンバーが置いた飲み物や軽食、菓子類がある。  BLACK ALICEだけのライブの時には個々に楽屋が与えられているが、SAKUプロ全体となるとそういうわけにはいかない。  事務所内でも素顔を晒さないというコンセプトのため、BLACK ALICEだけは一部屋を使っているが、他はいくつかで共有している。  ユニット内部では素顔素性を隠すルールは特にない。しかし、メンバーが他人に干渉しない性質の者が偶然集まり、お互いのことはよく知らない。スカウトしてきたリーダーのソウでさえ、本名、家族構成、犯罪歴がないか反社会的組織と繋がりがないかくらいしか調べなかった。  個人の楽屋がないため、ソウ以外はここに来る時はもう既にいつも以上にガッツリ化粧で素顔を隠している。 「大丈夫か?」  相当ダメージを食らっているようで、ソファの背もたれに寄りかかったままで何も答えない。  しかし、ソウが、 「ミックス外してもらうように社長に言おうか?」  と提案すれば、今までぐったりしていたのが嘘のように、 「それはダメ! おれ、できるから!」  ガバっと起き上がる。目の前の男の胸ぐらを掴むような勢いだ。 「無理するなよ」 「無理じゃないよっ! ちゃんとできる。だから、社長には言わないで」 (明らかに無理してるだろ)  切実さが伝わってくる。  トワも無口で無表情だが、ユエもメンバーと必要以上のことは話さない。無表情というよりは、音楽のこと以外ではどこかぼんやりとしている印象がある。  こんなふうに感情的な物言いをすることはない。  しかし、自分にだけは少し違う、とソウは思っている。一緒に住んでいるだけあって、多少は甘えを見せてくれているのかもしれない。  心なしか優越感を覚える。 「わかった」  ソウが答えると、ほっとしたようにまた脱力して背もたれに寄りかかった。 「でもなんでそんなに。ユニットの演奏だけでも構わないのに」 「…………」  それにはユエは答えないので、ソウは小さく息を吐いた。  彼にはもう一つ疑問があった。 「ユエ、橙也と知り合いなのか」 「え? 別に」  彼はそう言うが、わかりやすく動揺を見せた。 「さっき橙也が何か話しかけていただろ? それに」  二人が話しているのを見たのは先ほどのステージだけではなかった。  ユエは研究生出身だ。その頃どうだったのかはわからないが、BLACK ALICEとして活動を始めてからは事務所の他のユニットメンバーと話しているところは見たことがない。事務所内に親しい人間がいるというのも聞いたことがなかった。 「ちょっとだけ知ってる。研究生の頃一緒にレッスン受けたことがある。それだけ!」  ソウが訝しんでいると思ったのか、早口でそう言って話を打ち切った。 「ふ……ん」  まったく納得し切れてはいないが、これ以上何を言っても答えは返ってこないだろうと諦める。 (いったい、橙也と何が……)   今回の酷い不調に橙也が関係していると確信している。 (しかし、橙也が……?)  俄には信じがたい。  橙也とは知らない仲ではなかった。なないろで四年間一緒にやってきた仲間だ。  加入した頃はまだ幼い感じがしたが、思慮深く思いやりがある少年だった。他人のアドバイスを素直に聞き入れ、何事にも熱心でめきめき上達していった。あとから入ってきた者を引っ張っていく力があり、次期リーダーという噂は恐らくただの噂ではないはず。 (不用意に誰かと衝突することなんて……)  しかし橙也自身もユエに対しての態度が彼本来の雰囲気と違って見えるのは確かだ。    

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