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「待って……ソウ、行かないで」
ゆらりと幽霊のような雰囲気でトワの横を通り過ぎ、ウイとの間に割って入る。
「ユエ」
ソウの両掌がそっと真っ白な頬を挟む。
今までにない空気を醸し出していた。
(やっぱこの二人なんかあったんだ)
そう感じたのは恐らくウイだけではないだろう。
「大丈夫だから、待ってて」
力強く言うが、内心自分でも『何に対して大丈夫なんだ?』と疑問にも思っていた。
背を向けたソウのシャツの裾をやんわり掴むが、やがてそれはユエの手から離れていった。
ソウがドアの向こうに消えていき、その後をハクトが追った。
その時になってやっと、はっとしたようにユエが動き出した。追いかけようとして、しかし足が縺れて転びそうになったところを素早くトワが抱きとめた。
軽い。
片手にベースを持ったまま、片腕だけで支えられるくらいに。
背中に羽がついているみたいだ、とトワは思った。
「ユエは行かないほうがいい。ソウに任せておけ」
トワは一番年下だが誰に対しても敬語を使わない。いつもぶっきらぼうな言い方をする。
「トワには関係ない」
どんっとトワの胸を押し返した。どこかいつもふんわりとした話し方をするユエにしては、はっきりと言い切った。
「ユエ!」
たいした力ではないが、ユエがそんなことをするとは思わずよろめいた。彼はトワの腕の中から離れ、ソウの後を追いかけて行く。
「ちっ」
その後を追う気力はもはやなかった。
「くそっ」
彼は怒り任せにベースを振り上げて、叩きつけようとしたところを、ウイに止められた。
ベースをウイの手が支えているのが目に入った。
「ウイ」
「ダメだよ、これ、おまえの大事なものだろ」
トワはゆっくりとベースを下ろす。
「くそっ」
ともう一度吐き捨てるように言った。
* *
「橙也と連絡が取れたのか?」
いつの間にかハクトが横に並んで歩いていた。
小走りに部屋を出ていったソウだが、スマホを弄りながらだったため失速していた。
実はその後ろに離れてユエがついてきてることをまだ二人は知らない。
「下の階にいるみたいです」
「あ、ドームツアーか」
なないろは四月からのドームツアーを控えて頻繁にSAKUプロビルを訪れているようだった。
「じゃあ、九階の会議室を使うことにしよう」
ハクトの提案にソウは頷き、スマホに打ち込み橙也宛にメッセージを送った。
「橙也がこの件に関わっているのか?」
「それを確かめます」
「なんでそう思ったんだ?」
ハクトはまだこの間あったいざこざを知らない。
「この間この廊下でユエと橙也とトワで揉めてて。あ、トワは通りすがっただけなんですが。ユエを庇って。それで少しユエに聞いたんです。来栖翼と橙也が研究生の頃仲が良かったってことを」
「なるほど」
簡単な説明だがハクトはなんとなく察した。
「それに、オン・ステのリハの時も二人が話しているのを何回か見かけて。前回より不調が激しかったのはそのせいじゃないかと」
「そういえば前回橙也は怪我で参加してなかったか」
早口で説明をしながらエレベーター前までやってきて、下のボタンを押す。
数秒待ってエレベーターの扉が開いて二人が乗り込むと、その後をユエが追って入ってくる。
「ユエ」
二人は話に夢中になっていて、この瞬間までユエが後ろを歩いていたことに気づいていなかった。
「おれも行く」
「でも」
ソウは『開』のボタンを押したままだった。
「ソウ、ユエが話をする気があるならそのほうがいいんじゃないか? 当事者同士話させるのが一番だろう」
ソウはユエが心配だった。また倒れるんじゃないかと、傷がさらに広がるんじゃないかと。しかし、ハクトの言うことももっともであり、それよりなによりユエ本人にその気があるなら止めないほうがいいのかもしれないと思った。
「わかった」
ソウがボタンを離す。
エレベーターの扉は閉まり、三人を乗せ下降していった。
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